2018年1月13日 (土曜日)

10年ぶりに競馬をやった

 今更一ヶ月前の話ですが、10年ぶりに馬券を買った。クリスマス・イブの有馬記念です。

 10年ぶりにJRAの場外馬券場(ウインズ横浜)に行ったけど、雰囲気は変わってなかった。日本中から無職のおじさんが集結してきている、あの感じは相変わらずで、自分だけじゃない、この星は仲間だらけだという気がして、安心しました。馬券は100円から賭けられるし、一年に一回くらいなら、ひきこもりの趣味としても悪くないんじゃないかな。

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2018年1月 3日 (水曜日)

お年玉もらった

 あけましておめでとうございます。

 寝たきり要介護5の老婆ママンからお年玉をもらってしまいました。15年ぶりのお年玉。14歳、11歳の孫にまじって、46歳のおじさんもお年玉をもらったのです。日本最年長記録なのではないかな。

 なぜ急にお年玉が復活したのだろう、朝日新聞の記事のせいだろうか、あれを読んで親子共倒れの不安を感じ、えいと、最後に一花咲かそうと、やけくそになって私にお年玉をくれたのでは…。

 そんなことがあり、今年のお年玉は、あげるより、もらうほうが多く収支がプラスになったぞ。大事に使います。

Otoshidama


 

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2017年12月26日 (火曜日)

お年玉は秀吉

 「今年のお年玉は、秀吉な」と甥っ子次男坊からリクエストを受けました。ん? 秀吉? なんのことだろうと思いましたが、しばらく話を続けていくうちに、ああ諭吉のことか、1万円札の福沢諭吉のことなんだなと合点がいきました。

 小学校五年生。福沢諭吉と豊臣秀吉の区別がつきません。どうしたらいいでしょうか。

Hideyoshi

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2017年12月25日 (月曜日)

太ってきた【俺の悩み】

 生まれてからずっとガリガリ虚弱体質で、肥満とは縁のない人生だったのですが、ここにきて体重が増えてきて、お腹がポッコリしてきました、ポンポコポーンです。

 46歳、それが原因。中年になると基礎代謝が落ちて、誰でも(ガリガリだった人でも)太りやすくなる。特にお腹は贅肉を押さえ込む骨がないから、ぽっこりとでやすい。

 腹をへこますには、運動すること。運動して、脂肪を燃やす「筋肉」を増やして、カロリー支出の多い体質へと変えるしかない。基礎代謝を上げるのです。食事制限は、苦しいうえ、根本的解決にならないのでお薦めしない。

 よし運動しようと思ったものの、運動する場所も相手もいない、だからひとりで散歩(ウォーキング)したり、バッティングセンターに行ったりしています。家ではダンベル体操をしております。今のところ、なにひとつ効果は出ていない、ぽっこりたまま、体脂肪もキープしている。あああ、全然やせねえじゃねえか。

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2017年12月 4日 (月曜日)

マッスルデー 46周年

 本日、46回目のマッスルデーです。もう、46歳だよー、長生きおじさんですよー。

 最近、ブログも書かずに何をしているのかというと、「そろそろブログを書かなきゃ」と思いながら、部屋でごろごろ、そうしておいて、夕方頃に「ああ、今日も何もしなかった」と絶望し、心に黒い十字架を背負って、涙ながらに、明日から悔い改めることを決意するのです。心の中はそうです。実際は、ずっとユーチューブの動画ばかり見ております。人生の濃度が薄い。46歳からは本気を出します。\( ‘ jjj ’ )/

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2017年11月 1日 (水曜日)

ドコモのガラホにしたぞ

 気がついたら、ガラケーが絶滅していた。もう買いたくても、売っていない。知らない人もいるかと思うので、ここに書いておく。

 7月に携帯をソフトバンクから、ドコモに変えました。それと同時に新しいケータイを購入したわけだけど、いわゆるガラケー、iモードの携帯は売ってないんです。あるのはガラケーに擬態した、ガラホだけ。

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 ガラホとは何か? それは、見た目はガラケーだけど、中身はスマートフォンという、見せかけ携帯電話のことです。OSはアンドロイドになります。現在の日本で販売されているのは、スマホとガラホの二択になっている。(だからガラケーには希少価値があるぞ。大事に保護したほうがいい)。

 私はしかたなく、ガラホしかないから、ガラホを買ったのですが、どうにも気に入らない。なにがだめか。それはね、ガラホの一番の欠点はね、何もしなくても、かってにネットにつながって、パケット代がかかるところさ。ケチケチ番長、ひきこもりには、これが一番気に入らない。

 使わなければ、基本料以外、お金はかからないという、ガラケーの常識が通じない。勝手にこそこそネットにつながって、アップロード(のようなこと)をして、アプリを最新の状態にしようとするのです。だから基本料金+通信パケット代4000円くらい毎月必ずかかる。なにもしなくてもそんなにお金がかかるような、悪魔の課金システムになっているんだぞ。

 ガラホだと、通話とメールだけという使い方もしていても、ひと月5000円くらいになる。ガラケーなら月に2000円くらいですんでいたのに……。年に直すと維持費が三万円くらい違ってくる。

 これを防ぐには、ネットにつながらないように、ネット機能をすべてOFFに変更する作業が必要となります。この作業は面倒なのだが、できなくはない。説明書を読んで、ちまちま設定をいじればなんとかなる。しかし悔しいのが、逆の操作、ネットにつながるように再設定するにはボタン1つで簡単に戻せたりする。ちょっと油断してボタンを押すとと、再びネットにつながっていたりして、驚く。

 機械に弱いお年寄りは、すべからく携帯会社に搾取されるだろう。なんでパケット代がかかるか理解できないままに搾り取られるだろう。ガラホって容赦ない、最低だ、怖ろしすぎる。

 結論。ケータイを、ほぼ通話とメールのみ使っている人にとって、ガラホはたんなる嫌がらせ。買ってはいけない。しかし選択肢がない。

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2017年7月15日 (土曜日)

脱ゴミ屋敷 (二)

 本とゴミの見分け方を発見しました。本棚にある本を手にとってみて、その本にこんもりとホコリがたまっていたなのなら、それは本に擬態したゴミです。

 一度読んだことあるし、名作だし、愛着もある、何よりも自分おもしろいと確信して手に入れたものばかり、でもでも、本の上、天と呼ばれる部分に、ホコリがたまっているということは、あなたも私も読んでいない、放置していたわけですよね、これからも放置され続ける可能性も高いよね。ゴミでないと言い切れるだろうか。

 何歳になっても文学青年、おもしろかった本は、いつかまた読みたい、2度、3度、読み返したい。ただ人生に、“いつか”がちっともこないのです。だから、捨てるのですが、そんな捨てた直後に限って、あの本が必要だということにもなりかねん。

 そんな万が一が、来てしまったら、その時は図書館に行って借りてくればいいんでやんす。運悪く図書館にない場合も、今はネットで簡単に手に入れられる(マーケットプレイスやヤフオクで)。

 それくらいは主も分かっている、それでもなお捨てられない人間の、心の問題。本を売ってしまったら……、毎日テレビを見ているような人たちのように、自分がつまらない、薄っぺらな人間になってしまうのではと、ひきこもりクリエーターは怯えるのです。

 根強い、ひきこもりゴミ信仰があるのです。ゴミの量に比例して、人間の中身も充実していく、「心の豊かなゴミ屋敷の主人」幻想が、無意識のうちにある。本あってこそのひきこもりという自負がある。知識と教養とゴミとは、セットなんです。一理あるでしょ、それでもやっぱりゴミ屋敷はゴミ屋敷。

 ゴミ屋敷の主が、クリエイターであるとは限らないどころか、可能性としては低い。そう言わざるをえない。ゴミ屋敷の主だから、新しいものを生み出す、なんてことはあまりない。なにひとつ生み出さないゴミ屋敷の主人が圧倒的多数なのです。

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タンスの上にはダンボールぎゅうぎゅう。
何が入っとるか、分からん。(@@)

<だらだら続く>

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2017年7月12日 (水曜日)

脱ゴミ屋敷 (一)

 ボトルシップ。

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 不思議だ、どうやって入ったんだ、船を作った後にガラス瓶をこしらえたのか? なんて子どもの頃は思ったものですが、別にこれは、種も仕掛けもなくて、暇を持てあました大人が、趣味として、ピンセットを使って、瓶の中で船の部品を組み立てるというオモチャ、プラモデル工作なのです。

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 ピンセットで部品をつまみ、組み立てていく、よく手がぷるぷる震えないなと感心しますのう。私にはできない、最初から最後までぷるぷるするしちゃうに決まっている。

 ひきこもりの住むゴミ屋敷もまた、ボトルシップなのです。六畳間に、ブックオフで買ってきた、108円のあれやこれやを、ひとつひとつ詰め込んで組み立てた、ゴミ船、ごみボトルシップなのです。

 30年ぶり? くらいに、部屋の畳替えをしました。その時に、畳の上にあるゴミをどかさなくてはいけませか。特に本棚が問題だ。本がぎゅうぎゅうにつまっていては、重すぎて、本棚を移動させることができない。本棚の中にあるものだけは、畳替えの日に合わせて移動させました。

 とんでもないことになったぞ。

 本棚にあるものをダンボールに詰めて、それを押し入れにいれたり、部屋の畳ではない床に積み上げていく、のですが、それはもう、積み上がる、積み上がる、例のアレになる、夕方のテレビでよくみる、ゴミ屋敷、そのものになるのでごさいます。

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 愕然とした。いつのまにか自分があの主のレベルに達していたとは。早く、早くゴミ屋敷の主をやめないと、取り返しがつかなくなる。捨てよう、と決心すると同時に、入り口がせまい、捨てるのは簡単ではない、ボトルシップだ、と気づいたのです。

<だらだら続く>

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2017年6月26日 (月曜日)

スーパーだるい・サウナ・至福

サ道の洗礼を受け、サウナ&水風呂に目醒めました。サウナさえ、あれば生きていける。

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 朝起きた気分は最悪だ。だるい、何もしたくない、目がしょぼょぼしてする、肩がこりまくっている、ならば、

 サウナに行きたまえ。サウナにはすべてがある。サウナだけが、スーパーだるいを打破できる。持てる力の全てを出し切って、一歩外へ出でよ。スーパー銭湯にたどり着け。

 サウナの基本、3セット。
1、サウナで蒸される。8~12分
2、水風呂に入る。1分くらい。水風呂必須!
3、休憩。(なるべく露天で外気にふれる)

 これで、痴呆老人と同じ、アルツハイマー級の恍惚が得られます。悩みがなくなる。

 スーパー銭湯には「寝ころび湯」というのがある。お湯がちょろちょろ流れていて、寝そべられるところなんだけど、なんでこんなものがあるのかというと、それは、サウナのための休憩所として、ユートピアとして存在しているのです。

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 サウナで蒸され、水風呂に入った後に、露天にある寝ころび湯で寝そべりたまえ。必至、スーパー爽やかになる。甲子園で優勝するのと同じレベルの幸福感を味わえる。メタボおやじが恍惚の表情で寝ているのには訳があったのです。

 サウナで、人生の勝利が確定する。サウナで、勝ち組。ととのえば勝ち。

 やがて合法覚醒剤モードがやってくる。目に見えるすべての景色の輪郭が、くっきりとする。空に浮かぶ雲をみて、美しさに、心から感動する。この星は最高だ、と気づく。

 仕上げは、軽くサウナに入り(6分くらい)、シャワーを浴びて出てくる。脱衣所の冷房を水風呂代わりに、上手にクールダウン。さらに休憩所の冷房でクールダウン。館内の冷房を、水風呂代わりに利用して、最後まで気を抜かず仕上げる。

 サウナ上がりには、食堂でラーメンを食べて、胃袋を温める。そのあとは熱いお茶と冷たいお茶を交互に飲み続け、水分補給でハイになる。

 「死にたい、死にたい」と心の中でつぶやいていたのに、気付けば、「至福、至福」とつぶやいている。し・ふ・く。週に2回はサウナに行きたい。サウナ愛好会もつくりたい。

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2017年3月10日 (金曜日)

良心がなければ、良心の呵責もない

 月刊ひきこもり名人といっていいくらい、更新頻度が落ちゃっている。理由のひとつは、体調が悪いからさ。ささいなことなんです、ひざが痛いとか、虫刺されが治らないとか、そのレベルの積み重ねにすぎない。だから心配には及ばん。

 良心がなければ、良心の呵責(かしゃく)もない。悪いことをしても、心は痛まない。罪悪感もない。世の中には良心がない人がいるんだ、ということを学んだ。良心のない人間なんていないという思い込みが、間違っていた。

 良心のない人間の良心に何を訴えても、それは無駄なことであった。方法論として間違っていた。反省しています。

 嘘や不誠実を指摘しても、何も感じないのです。良心のない人間は、問題点を直しません。問題点を指摘されれば、恥をかかされたと憤慨し、隠蔽することに精をだす。どうやって、ごまかすか。そのために努力する。ごまかせないならば、無視する。もしくは無理やり、正当化する。

 問題点を指摘され、過ちを直す、そんな人間は自分だけだと、良心がある人は知るべきだ。問題点を直さずに、そのままにしておくことこそ恥ずかしいと思うのは、あなたに良心があるからだ。それを相手に要求しても無理である。

 とりあえず書きなぐりメモ。良心がない問題については、またいつか書きましょう。むんむん。

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