2018年6月23日 (土曜日)

かやいいやはああはーーー

 「うふーふー」「うえいうえうー」「でいてえー、でいてえー」 これなーんだ? 正解は、朝から晩まで勝山家に響き渡る、寝たきり要介護5老婆ママンのおたけびでした。正解できなった人は幸せですよ。

 寝ている時とヘルパーさんが来ている時以外は、基本的にこのようなおたけびが家でこだましております。老婆ママンのおたけび自体は以前からあったんです。が、だんだんインフレ化が進んできて、今ではほぼ一日中、老婆が「おたけんでいる」しだいあります。

 なぜ、おたけびなのか。ひとつは、病状が進み舌が自由に動かせず話ができないから。そしてなにより、おたけびをあげると、介護をしている老爺がなんでも言うことを聞いてしまうからなのです。

 とはいうものの、老々介護には限度があります。なんでも言うことを聞くというわけにはいきません。今はできないよ、あとでね、と断る時も当然あるわけです。しかしそんな生ぬるい拒否が通用するわけもありません。寝たきり老婆ママンがおたけびをあげ続ければ、無理が通り、道理が引っ込む、最終的に寝たきり老婆ママンの命令に服従することになります。

 最近、介護の手伝いに妹も頻繁に来るようになりました。これも元をただせば、おたけびの力でございます。寝たきり老婆がおたけびを上げ続ける→困り果てた老爺が妹に電話する→妹が介護の手伝いに来る、といったまるで戦国時代ののろしのような、司令系統によって実現したことなのです。

 しかし妹も忙しいですから、いつでもこれるわけではありません。今日は無理、また別の日にね、と断ることも当然あります。でもその程度の生ぬるい拒否では、老婆ママンのおたけびに吹き飛ばされてしまいます。無理が通り、道理が引っ込む、来れないはずだった妹もちゃんと来るのです。

 老婆ママンの趣味はベランダ園芸で、いまもマリーゴールドの花がきれいに咲き誇っております。おやおや? 老婆ママンは寝たきりでじゃないか、園芸は出来ないのでは……。それが出来るのです。おたけびを上げれば良いのです。

 「ふうううううーーー」「はあああああーーーっ」「かいやいいやはああはーー」、寝たきり老婆ママンがおたけびをあげると、催眠術にかかったかのように、老爺はホームセンターに行き苗を買ってきます、それを妹が鉢に植え、うつくしいベランダガーデニングが完成するのです。

 老婆ママンの介護をせず、妖魔術から逃れている私ですが、ひとつ屋根の下で暮らしている以上、おたけびからは逃れることができません。絶えずBGMとして、老婆のおたけびが聞こえてきます。さすがの私も「このままでは精神が破壊されてしまう」と思うほど、追いつめられております。

 地獄とは死んだあとに堕ちるところと思っていましだか、どうもそうではないようです。「いまでしょ!」とドヤ顔で言ってやりたくなるような、そんな有り様なのでございます。

マリーゴールド

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2018年6月20日 (水曜日)

図書館ウォーキング

 健康のために1日1万歩、歩こうと決意したものの、ちっともできていません。梅雨で雨ばかりというのもありますが、それよりなにより、どこにも行くあてがない、歩く目的地がないというのが一番の理由です。

 それならばと、私が実践しているのが、図書館の本棚の間を歩きまわる、図書館ウォーキングです。けして広いとはいえない図書館の中を歩き回り、100歩、200歩と歩数を稼ぐ地味な運動です。読む、立つ、歩く、の繰り返し。家から図書館への往復と、図書館ウォーキングを合わせると、1日5000歩くらいにはなりますかな。

 いかがなものでしょう。なんだか、ひきこもり生活もどんづまってまいりましたが、一生懸命歩いておりますぞ。🐙エッヘン

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2018年6月11日 (月曜日)

ひきこもりと社会と世間

 社会も世間も、同じような意味で使われている言葉ですが、しいて言えば、社会のほうが広く、世間は狭い。

 ひきこもりについて語られるとき、それは社会の問題だということにはなっていますが、じつのところ世間という狭い範囲から抜け出ていない。ひきこもりに対し、今はいいけど将来はどうするんだ? なんていう脅しは社会的でも、社会学でもない。世間からのお叱りでしかありません。

 働きもせず、税金も納めていないくせに、権利ばかりと主張するな、というひきこもり叩きを最近目にしました。この手の批判にはまったく社会的視点はなく、狭い世間があるだけです。権利とは、労働と引き換えに手に入れるものではありません。税金で買うものでもありません。特定の条件を満たさないと権利が得られない、なんてことはないのです。

 世間とはなんなのか。それは家庭、学校、会社など、その人の住んでいる世界の当たり前に従って生きている人が入る、鍵のついてない檻のようなものだと思います。出ようと思えばいつでも出られる世間という檻のなかで、自分より弱い立場の人を見つけては、働け、税金納めろ、権利ばかり主張するなと、いって鬱憤晴らしを続ける人がいるのです。

 でも、だからなんだというのでしょうか。私たちは、当たり前に従って生きるなんていうことを、とっくの昔に捨て去った侏儒ではございませんか。世間様の言うことなんぞしったことではありません。好きなことを見つけて、好きなことをやる、どーんと行きましょう。

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2018年5月24日 (木曜日)

葬と式に分ける

 寝たきり要介護5の老婆ママンが、そろそろアレなので、図書館で葬儀に関する本をよく読んでいます。葬式本は多々ありますが、素人に対するアドバイスという部分では共通している、どれも言わんとすることはこうです。

 葬式とは 身内が死んでおろおろしているすきに、葬儀屋と坊主が手を組んでおこなう詐欺である、言われるがままにしていると葬式代として130万~150万くらいぽーんと巻き上げられてしまうから、気をつけたまえ、ということなのです。

 しかし葬儀を、まったくやらないわけにはいかない。そこでプロが薦めるやり方というのが、葬と式との分離方式なのです。葬は家族でこじんまりとやり、式は友人たちが中心となってお別れ会(偲ぶ会)のようなものをやる。葬と式とに分ける、それが現代葬のかたちなのです。

 私が気に入ったのは、直葬(ちょくそう)というやつで、これは亡くなったら、そのまま火葬してお終いという、通夜も告別式もやらない、坊主も呼ばないミニマルな葬儀です。それじゃあ、寂しいし、周りが納得しないのではと思ってしまいますが、本人の意志だと言えばそれで通ります。葬儀は無用と言う人はけっこう多いのです。

 坊主なしの直葬なら予算は20万円くらいですむ。これはいい。葬式における坊主の生臭さはハンパでなく、坊主というオプションをつけると、料金はぐんと高くなってしまう。慈悲の人、ゴータマ・ブッダとはなんの関係のない、現代坊主の強欲には驚くばかりですのう。

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2018年4月 8日 (日曜日)

ひきこもり進路相談(X)  全日制普通高校編

 進路相談のプロ、キャリア教育の頂点にいるひきこもりおじさんです。正しい進路相談については、すでにブログに書いておりますが、ひきこもり進路相談(1)(2) 、今回は中3の受験生が、全日制の普通高校を目指すならこれだという、正解を書いておきましょう。

 近所の偏差値の低い高校に行きたまえ。小学校、中学校は家の近くの学校に行くが当たり前だが、高校となるとわざわざバス、電車を乗り継いで遠くまで通う人がいる、私もそうだったのですが、あれは無駄であった。毎日、毎日、通学時間という無駄な時間を積み重ね、心の中では「どこでもドアがあればいいのに」と小学生みたいなことを空想して過ごしていては、ろくな大人にならない。高校は家から近ければ近いほどいい。

 それとどんなに勉強ができても、偏差値が低い学校を選んでおいたほうがいい、入学したあと、楽ができるからだ。君たちは知らないし、信じられないと思うが、高校の勉強って予習が必要なんだぞ。そして復習が必要なんだぞ。信じられるか、学校の勉強だけでもだるいのに、その前と後に勉強しないとついていけないんだ。

 記憶力というたったひとつのパラメーターをあげる特殊訓練につきあうのも面倒くさい。そこであらかじめ偏差値の低い学校に進学しておけば、試験の平均点も低いし、授業の進むスピードも遅く、勉強せずに進級できる確率が高まる。高校なんて卒業さえできればいいんだ。なんにもしないでギリギリの成績での卒業を目指そう、やりたくもないことはなるべくやらず、自由なハイスクールライフがおくるのが賢い。

 近い、低い。全日制の高校に行きたい人には、この2つがキーワード。これで君も勝ち組だ。

Juken

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2018年4月 4日 (水曜日)

短距離ランナー

 「気分が乗った時に5分間だけ集中する男」、それが私、ひきこもり名人なのです。やるべき作業とか、ブログの更新とかは、夜になって訪れるわずかなゴールデンタイムに、ちょろちょろとやって、すぐお終いになります。

 集中力が途切れやすい、気が散りやすい、そんな言葉が生ぬるくかんじるほどの、集中力の短距離ランナーなのです。

 1日5分集中してひと作業したあとは、ぶらぶらして過ごします。さらに言えば集中する前もぶらぶらしております。1日ぶらぶらすることで、5分間の集中力を創り出していると言えます。劣化した充電バッテリーのようですね。

 このわずかな集中力を、創造力に変えるのが、ひきこもりクリエイターの仕事なのです。短距離ランナーであることを自覚して、ちょっぴりずつ建設的なことを積み重ねていく、それしかない。……ああ、もう飽きてきちゃったから、今日はここまでとさせていただきます。🐙

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2018年3月23日 (金曜日)

クーデター失敗

 老婆ママン(推定74歳)が要介護5の完全寝たきりになってだいぶたつ。私は老婆マンとは、ハブとマングース以上に仲が悪いので、介護はしないと宣言をしており、実際になにもしていません。年老いた老爺ダディがひとりでママンの介護をしているのです。

 世間での介護がどういうものか知らないのですが、勝山家では、ママンが介護するダディーに向かい「バカ野郎」「冷酷人間」「尊厳(を傷つけるな)」と叱咤罵倒する、地獄となっております。歴史の授業で習った、白人と黒人奴隷の関係って、きっとこんな感じだったじゃないかなー。

 さて、ある日のこと、ダディーからママンの病名が判明したと聞かされました。難病、大脳皮質基底核変性症だったのです。ちょっと病気の度合いがひどいと思ってはいましたが、実は困っている人級の難病サバイバーだったとは。

 少し驚くとともに、難病が発覚した「今」こそ、胸に秘めていた介護奴隷ダディー開放計画を実行するときであると思いました、ひきこもりリンカーンが立ち上がる時は今しかない、私はダディーに言いました、

 「特養老人ホームにいれよう」と。老婆の世話は無理でも、老人ホームとのやりとりくらいは、ひきこもり親孝行息子の私でもやれる、最後にして最大の親孝行計画をダディーに提案したのです。すると…、

 「あっはっはっはっはっ」
 と、ダディーの高笑い。そして、話は終了。笑いごととして話がおしまいになってしまいました。あまりの反応に呆然としていると、地獄の鼎から、地の底に落ちたカンダタの声ともおぼしき、うなり声が介護ベットから聞こえてくるのです。寝たきり老婆ママンです。

 「うごお、ふごう!」
 何度も何度も、この言葉を繰り返します。もう病状が進み、何を話しているか聞き取れない、何を言っているか分からない。しかし、執念深く何度もいうので、じきに言葉の意味がわかりました。
 「うごお、ふごう!(親不孝!)」
 と言っていたのです。

 ママンの地獄耳に、いささかの衰えもなし。すべて聞いていたぞ、親不孝め。老人ホームなんぞに行くもんかい、と憤慨し、人殺しみたいな顔でベッドに横たわっていました。

 いったい何が親不孝者なのか、おおいに不本意でありましたが、ダディーによって一笑にふされてしまった以上、なすすべがありません。こうして、老婆ママンを老人ホームにいれる計画は失敗に終わったのであります。

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2018年2月21日 (水曜日)

喪服を買ったぞ

 喪服屋さんに行ってきた。正確には、スーツ屋さんなのかもしれないけど、私にとってはぜんぶ喪服屋さん。

 店員とマンツーマンという状態で、服を買うのがつらい。床屋、歯医者にならぶ、苦手なところ、それが店員にぴったりマークされる店で、服を選んで買うことです。ユニクロやしまむらで、フリースを買うのとはわけが違う。

 店員とコミュニケーションしなくちゃいけない、鏡の前で試着して、サイズが小さいとなれば、ワンサイズ大きいものを持ってきてくださいと、自己主張しないていけない。これは大きい、これは小さいと、あれこれ服を持ってこさせて試着してぴったりのを探す、それが終われば次はズボン、また試着して、小さいから、ワンサイズ大きいものを……、といったことを繰り返す。試着室のなかで、私は大急ぎで汗をふき、次の試着に備えるのです。汗まみれのおじさんの姿を女子店員さんに少しでも見られたくないのです。

 緊張の汗のほかに、暑くもないのに大汗をかいていることが恥ずかし、もう無理だ、途中で、買わずに逃げ出すことも考えたが、しかし親が死ねば、自分が「喪主」になる可能性もあるわけです、喪服を買わないわけにはいきません!

  喪服は、フォーマルスーツと呼ばれていて、一番安いので、2万8000円だった。それに消費税と裾上げ代が加わると、3万円をちょっと超える。冗談じゃないぞ、搾取だ、と叫びたかったが、もちろんそんなことはやらない。買うしかないのだ。紳士服の○○といったチェーン店が町中にいっぱいある理由もわかる。結局、この手の店の中から選んで買うしか手段がない。

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 店員が心配そうな顔になるほどの、汗おじさんでした、喪服は買えた。けどまだ、ワイシャツを買っていない。一緒にワイシャツも買おうと思ったのだが、汗がとまらないので、喪服だけ買って、逃げてきた。ズボンの裾直しに5日くらいかかるという。結構時間がかかるものなのです、喪服は前もって買って用意しておいたほうが良さそうですな。

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2018年2月14日 (水曜日)

趣味、確定申告。

 私は確定申告のときだけ、ひきこもり名人ではなく、作家を名乗っています。個人事業主として、納税書をつくるためにです。一年間集めたレシートを経費(取材費等)として計算し、収支報告書をつくる。

 わずかな売上から、レシート一年分の経費を引くと、いつだって勝山プロダクションは赤字になります。売上はマイナスになる。結果、源泉徴収でひかれたお金が、還付金として返ってくることになります、なるのですが……実は、税金には控除というのがあるので、私のような収入が少なすぎる人間は経費なんか計算しなくても、収入を申告するだけで源泉徴収分のお金は返ってくるんです。だから私のやっている作業は、100%無駄なのです。

 じゃあ何で、レシートを集め、簿記のソフトを使い、帳簿をつけているかというと、それはただ、フリーランスごっこをして遊ぶためです。世間では面倒くさいと言われている確定申告を、意味もなく、ただ趣味としてやっいるのです。俺って世界一、暇だよなー。

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2018年2月 4日 (日曜日)

そろそろ喪服

 甥っ子が平日なのに家にやってきました。インフルエンザで学級閉鎖、学校は休みだそうです。しかし、甥っ子も、もう中学生なので、昔ほど話は弾まない、遊んでもくれない。あのポケモンカードをやっていた頃の、熱狂はもう戻ってこないのです。昼飯をもくもくと食べる、おじさんと甥っ子。そのすぐそばには、要介護5寝たきり難病ママンが電動椅子に座っているのでした。

 病気で手が動かないママンですが、電動椅子は足元のスイッチで、イスの座る位置を高くしたり、低くしたりということが操作できるのです。

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 本日は、老婆ママンはいつになく上機嫌で、甥っ子になにやらずっと話しかけていました。「はうらばぁ うがきごぉ ふがぎが………はっはっはっ」といった感じで、何言っとるのかはさっぱりわからないのですが、とにかく何か言っては、笑っております。甥っ子に、「なんて言っているんだ?」と聞いてみましたが、わからないとのこと。

 座りきりママンの上機嫌は続き、「あがごぉー あがごぉー」としゃべりながら、電動イスをウィーンと上げたり、下げたりするのです。この電動イスをさかんに上下させるパフォーマンスは大変おかしかったのですが、病人を笑うのは不謹慎だと思い、じっとこらえておりました。

 さて本題です。現在、寝たきりママンの病状も進み、尋常ではありません。もうまもなくです。そこで私は何をすべきか、自問自答の末、喪服を買うべきだという結論に達しました。ママンの命もあとわずか、もしなにかあれば、私が喪主という可能性もありうる。その時、喪主が首のところがびろーんとなったTシャツにジーパン姿であったらどうであろうか。親族全員、情けなさに泣き崩れるであろう(悲しみのポイントがずれてしまう)。

 それを考えたうえで、喪服はもっておいたほうがいい、そういう結論に達しました。母と父、少なくとも二回は使う。喪服(フォーマルスーツ)は、買う価値がある。買いに行くぞー。というわけで、喪服買ったら、続きをブログに書きますね。

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