2018年8月17日 (金曜日)

人狼ゲームとしての教育機会確保法(2) 誰が人狼だったのか?

☆ストーリー☆
 「ここはドブ川沿いの親不孝通りにある、不登校運動村。村人たちは、ほそぼそとではありますが、親の会やフリースクールなどのネットワークをつくり、平和な毎日を暮らしていました。しかし不幸なことに、ある日突然村を滅ぼそうとする人狼が村にまぎれこんで来ました! 彼らは昼は村人を装い、夜になると人狼になり、村人を一人殺します! 村人の誰もが標的になる可能性を持っています! 命に関わることなので、一刻も早く誰が狼か見破って、処刑しなければ人狼に食い尽くされて村が滅びてしまいます。一刻も早く人狼が誰か見破ってください!」

 教育機会確保法に関して賛成反対とあれやこれやとやってきたあれは、教育機会確保法という名の人狼ゲームであったと仮定して、ここではゲームの後日談(反省会)として、誰が人狼だったのか、答え合わせというか自己採点をしてみたいと思います。ゲームと違って現実では、法律が成立しても誰が人狼だったか、すぐには明らかにはなりません。が、法案にかかわっていれば、ほぼ確定と思える部分もあります。私の考察はこうです。

亀田徹

 村人のふりをしていたが、実は人狼だったというその典型的な人物が、元・文科省の亀田徹でしょう(現在は、LITALICOという発達障害で一儲けをたくらむ会社に天下りをしました)。亀田は私から見れば間違いなく人狼なのですが、バカな村人からすれば、文科省を良い方向に、法律を良い方向に変えようとする不登校に理解のある官僚、つまり村人に見えたようです(実際にやっていることは逆なのに、バカな村人をうまく騙しぬいた)。

 敵陣営とはいえ、ゲームであれば亀田に「ナイスプレイ!」と言ってあげたいくらいですが、現実におこったことですから、ただただ無念であります。法律成立後、亀田が文科省をやめて民間団体に天下りしたのも当然で、法律が成立した以上役割は終わっています。文科省に残るより、今すぐ民間企業に天下りしてに法律の活用法(税金を民間に流す方法)をレクチャーする仕事をするほうが自分を高く売ることができます。人狼として、亀田の行動は筋が通っていて正しい。

 法律をよく知り、活用法を心得ている亀田を雇い入れた、LITALICO(りたりこ)が今後、委託事業という名の助成金を獲得し、全国チェーン展開していくのは、まず間違いない。LITALICOはいい買い物をした。人狼陣営としてLITALICOの行動もまた正しい。

 教育機会確保法という名の人狼ゲームに登場した、ほぼ確定済みの、ほかの人狼についても紹介しましょう。

 フリースクール東京シューレを訪問した安倍晋三総理、
Abe

スペースえん(NPOたまりば)を訪問した下村博文大臣、
Shimomura

この法案の超党派議員のまとめ役だった自民党の馳浩(知らない人も多いが、元プロレスラー)。
Hase


 普通に見れば、騙されようもない、右寄りの、見え見えの人狼だらけなのだが、自分たちフリースクールに得になる法律ができるかもしれないと、欲の皮がぱんぱんに突っ張った状態ですから、バカな村人はそれに気づけないのです。欲が客観的にものを見れなくさせるのです。

 それとは反対に、人狼陣営は、バカな村人にターゲットを絞り、大切にして、信頼させたあとで、利用する、という人狼ゲームの鉄則通りに動いているのがよくわかります。リアル人狼の周りには、いつもバカな村人がいる。写真がそれを証明していますよね。

 人狼ゲームに限らず、心理ゲームに勝つコツを知っていながら、教育機会確保法がゲームとは気づかず、ゲーム脳を発揮できなかった反省をこめて、あの時、何をすればよかったかをねちねち空想していきますぞ。〈続く〉

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年8月13日 (月曜日)

人狼ゲームとしての教育機会確保法(1) 序章

 人狼というゲームを知っいますか? 有名なボードゲームなのですが、遊ぶのに7人以上、人を集めないといけないところが敷居が高い。私も数回しかやったことない。ただ最近はインターネットでもできるので、一人でも練習がてら楽しみことはできる、これとか。

 人狼とは、どんなゲームか。ウィキペディアから引用して説明すると、まず村人陣営と人狼陣営とに分かれる。ただし誰が村人で誰が人狼かは分からない。昼と夜のターンがあり、昼のターンでは皆で話し合いひとりを処刑する。夜のターンは、人狼が村人を襲って殺す。これを交互に繰り返していく。人狼をすべて処刑すれば村人陣営の勝ち、村人と人狼の人数が同じになれば人狼陣営の勝ちとなる。

 心理戦のゲームです。人狼は正体がばれないように村人をよそおいながら、ひっそりと生き延びて、夜になったら村人を襲撃する。そうはさせまいと、村人は人狼と思われる人をあぶり出し、処刑していくのです。

 このゲームで勝つにあたって何がカギになるか? 人狼を見抜く鋭さ、正体を隠すうまさ、話のうまさ、確かにそれも大切なのですが、実はこのゲームは、頭の切れるセオリーを知り尽くしたプレイヤーよりも、バカプレイヤーの存在そのものが勝負のカギをにぎることが多い。

 心理ゲームですから、だます、だまされるの、駆け引きが醍醐味です。初心者はコツがわからずに、バカなプレーをするのはしかたがないというか、罪はない。それと、バカな人狼はすぐにばれて処刑されるので、ゲームにはたいして影響を与えない(村人に有利になるだけ)。

 さて私がしみじみと、人狼というゲームを通じて、人間とは何かと考えさせる状況をつくるのが、「バカな村人」という存在である。

 バカな村人プレイヤーがいたとします。彼らはこういう行動をとりがちです。

 空気の読めない彼らは心理戦において、村人をよそおう人狼の言うことを信じ、逆に村人を疑うのです。オレオレ詐欺にひっかかる老人のような心理状態ですな。振り込みはやめたほうがいい、と止める銀行員に敵意を向ける、あのお爺さんのパターンです。

 村人陣営の人は、このバカな村人を説得して、なだめ、わかりやすく解説をしてあげなくてはいけない。あれこれ「おもてなし」をしてバカが治るように、あれこれ手を尽くすのです、がそれがうまくいかないのが、バカな村人がバカな村人たるゆえんです。

 むしろ村人陣営の人ががんばって説得すればするほど、いよいよ偽村人である人狼のいうことを信じ、逆に説得してくる村人を疑うようになるのです。

 人狼陣営にとっては最高の村人ということになります。人狼はこの「バカな村人」を大切に扱います。夜のターンでこのバカな村人を襲撃して殺すなんてことはしません。だからバカな村人はゲーム終盤まで生き残り、ゲームの勝敗のカギを握り続ける存在として活躍し続けます。

 と同時に生き残るのが、バカな村人に疑われている村人です。冤罪、無罪、痛くもない腹をさぐられつづけている迷惑を被っている村人も生き残り続けます。バカな村人と、疑われている無実の村人の対立の状況こそが、人狼陣営にとって一番ありがたいのです。

 バカな村人と無実の村人との説得合戦の間に、どっちともつかない人、発言の少ない人と、存在の薄い無実の村人が、ひとり、またひとりと人狼によって襲撃され、殺されていくのです。

 あれっ、これって、なんかに似ている、なんだろうと考えた結果、ああ教育機会確保法における、反対派(?)に対する、教育機会確保法賛成派のやつらの行動原理と同じだなと気づいた。

 フリースクールネットだの、オルタナティブ教育だなんだとかといっていた連中の思考回路こそ、人狼ゲームにおける「バカな村人」そのものじゃないか。

 だとしたら…、教育機会確保法を成立させようとした人たちの、誰が人狼で、誰がバカな村人だったのか。そして、1年9ヶ月前に教育機会確保法が成立したという事実、つまり人狼陣営が勝利したという、この結果を踏まえて、「教育機会確保法におけるフリースクールの連中は人狼ゲームにおけるバカな村人である理論」を(まだかっちりと出来上がってはないというか、ただの思いつきでしかないが)、まあひとつの仮説として、雑に書きなぐっていきたいと思います。〈まだまだ続くぞ!〉

Lupus_in_tabulasets

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年6月15日 (金曜日)

原田メソッド隆史とクラスジャパン

 クラスジャパンについては前にもブログに書きました。その後、クラスジャパンはネットで話題になり、批判されたりもして、Webサイトから「日本全国の不登校者全員の教育に取り組み 通学していた学校に戻す」の文字が消えたりもしました。しかし頑なに変えず、守り通している部分もある。それが、

 クラスジャパン会長、原田隆史氏の提唱する原田メソッドなのです。ならば仕方がありません、図書館で先生の御著書を借りてまいりました。原田隆史『カリスマ体育教師の常勝教育』でございます。

Dsc_0543

 原田隆史とは、「鬼軍曹だとかヒトラー、マッカーサーというあだ名までつ」いた、元・中学校の体育教師です。「誰からも愛される楽しい先生」になろうと教壇に立った原田氏は、「夢・理想・ガッツ」があればできないことはないと、自信満々に教師生活をスタートさせたのです。しかし現場は荒れており、大学で学んだ指導技術は役に立たず、挫折。指導方法を変えたという。

 その指導とは、もっぱら生徒を厳しくしつけるというものです(本人曰く、態度教育)。その指導内容ですが…、遅刻した生徒を全員正座させて、「体罰」呼ばわりされた経験があるせいでしょうか…、本の中ではどこまで厳しかったかは書かれていません。ただ鬼軍曹というあだ名から推測するしかありません。こんな雰囲気じゃなかったのかなー。

 ほめて伸ばすのではなく、叱って潰す、パワハラ教育。それ自体、珍しいものではなく、古くは戸塚ヨットスクール、最近では森友学園の塚本幼稚園など、子どもを叱って芸をさせるのが教育だと信じているサーカス団の団長のような人間が、どこにでもいるものです。

 原田隆史氏の場合、中学生に砲丸投げをやらして、陸上大会で優勝した、ゆえにカリスマ教師であり、生活指導の神様なのだという論法なのですが、ちょっと待ってください。優勝し、日本一になったのは、原田氏ではなく、生徒ではありませんか。原田氏は勝ってないし、カリスマでもない。

 でも、この脳内変換こそが原田メソッドなのです。生徒のがんばりを、全部自分の指導のおかげという具合にすり替えてしまうのです。手柄泥棒。卒業後の生徒の大学進学、社会での活躍までも(自分がまったく関わってないのにもかかわらず)、原田氏の指導の成果として自慢してしまうのです。原田氏がなんでこんな人間になってしまったか? その答えは想像通りのものでした。本のなかにこう書いてあります。

 「私は学生時代から陸上競技をやっていたのですが、選手としては大成しませんでした」、と。結局これなのです、成功にあこがれる成功できない人なのです。子どもの頃に日本一の選手なれなかった原田氏が、大人になって、中学生相手に、“ガキ大将“になっただけなのです。

 子ども相手に威張り散らす人には、なりたいのになれなかったというルーツがある、根拠はないけど、とりあえず言い切っておく。ちなみに原田氏は就職相談に来た生徒に、ブラック企業の王様、ワタミを薦めるというすごいことを、自慢気に本に書いております。原田氏の心の闇がほかにもいろいろと本に書かれているのですが、読むのが辛いので、このへんで失礼いたします。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2018年3月 2日 (金曜日)

クラスジャパンとは

 クラスジャパンとは、人口減少が原因で起こる課題は、不登校の子どもへの教育で解決できる、と考える一般財団法人です。http://cjed.org/lp/ 

Db8cb92a

  「ズコー!」、の一言で終わらせたい。クラスジャパンを批判するのは、面倒くさし、不毛である。しかし、ちょっとだけ書いておこう。事態は深刻だからだ。教育機会確保法という法律ができたせいで、クラスジャパンもできたのです。


 クラスジャパンという団体が主張する、人口減少問題を不登校対策で解決するという思想自体は、筋の通らないひどいものだ。トンデモ団体、カルト、そんな悪口で切り捨てたいところです。でも教育機会確保法を利用するという点からみれば、彼らは正しく法律を理解している。まっとうですらある。この法律を使って、国の税金を民間に流すことが可能だと知ったうえで、それをやろうとしているんだから、完璧だ(悪い意味で)。

 競争の激しい民間で商売するのは大変なことです、国相手に商売したほうがずっと楽だし、儲かります。だから商売人としての目の付けどころに間違いはない。今後、こんなような団体が次々できてくるだろう。

 国を相手の商売……では国は何に対してお金を払うのか。学校復帰ということになるんだろうけど、具体的には、不登校児童生徒の出席ということになる。相当期間欠席をしているのが不登校なのだから、それを解決するには結局のところ、出席しかない。出席を買う。

 不登校の子どもを、どれだけ出席(出席扱いも含めて)させるか。出席はプラス評価に、欠席はマイナス評価になる。ひきこもり就労支援における支援団体の評価が、(バイトでも中間就労でも)就職させればプラス、無職のままならマイナス評価になるのと同じシステムです。だから…、ひきこもり就労支援施設の近所には、ひきこもりなら誰でも雇うリサイクルショップやクリーニング屋がある、とか、ない、とか。あわわわ。話がそれましたな。

 不登校児童生徒を出席させることができないと、業者にとってはマイナス評価になり、委託事業という名の助成金を打ち切られてしまう。だから国、文科省に評価してもらうために、事業者は、学校に通わせるか、それがダメなら特例校、適応指導教室、(認可された)フリースクール、それでもだめなら(認可された)通信教育などで、とにかく勉強させて、なんとか出席または「出席扱い」を獲得する。「出席扱い」、便利な言葉である、お金になる言葉である。

 出席扱いは学校復帰とセットで、学校復帰を目指している不登校児童だけが出席扱いにしてもらえる(可能性がある)のです。クラスジャパンがミッションとして「日本全国の不登校者全員の教育に取り組み 通学していた学校に戻す」ことを掲げているのには、ちゃんと意味があります。

 インターネットで通信教育をやらせて、出席扱いを狙うのが、不登校事業者の一番の仕事となるだろう。ネットで公文式みたいなことをやらせて、小中学校を過ごし、高校からは通信制高校に通う。不登校ベルトコンベア。くだらない勉強はいやだが、しかし、とことん、くだらない勉強が追いかけてくる。つらいですのう。🐙

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2018年2月28日 (水曜日)

テストで点をとるための教育

 教育機会確保法というものができてから一年以上がたった。「法律ができても、そう変わらないのでは」「今まで通りにやっていけばいい」といったのんびりとした意見もありましたが、やっぱりそんなわけにはいかんのです、ここにきてゴリッと法律の種が芽をふき、花を咲かせてきたぞ。

全国初「分教室型」、東京・調布に不登校特例校 ←読売新聞

調布市立第七中学校「はしうち教室」の開設 ←調布市

 ばーん。東京都調布市に不登校特例校という名の、「分教室」ができる。イメージとしては田舎の分校に近い…かな。中学校から約1キロ離れた(近いな)スポーツ施設2階にあり、そこはもともとは適応指導教室(学校復帰のために適応指導するところ)だったところ。教育機会確保法の成立を受けて、はりきって、リニューアルオープンするのです。

 「やったーーー! 多様な教育が実現したぞーーーっ」て、喜んでいるやついるのかなあ。これぞ分ける教育。様々な境遇の子と一緒に育つことで、他人を尊重できるようになるというような教育理念は蹴っ飛ばして、様々な境遇の子を分教室へと隔離してしまう、ちっとも多様ではないシステムなんじゃないの。

 法案からは多様の文字はことごとく外されていたので、こうなるのもまあ当然で、不本意であるが、なるようになったと言える。で、どんな実害があるだろうか。今は調布市だけだが、そのうち全国にも特例不登校分教室ができてくるだろう、そうなれば当然、全国で、学校行かないのなら、特例分教室に行きなさい、という流れになるんじゃないだろうか。

 だってお前ら不登校児のために作ってあげた、ありがたい分教室なんだぞ。お前たち不登校児を収容するためだけに作られた施設なんだ。授業時間は10%ほど少なくしてあげた、個別学習で教えてあげる、お前らコミュ障のためにコミュニケーションスキルトレーニングまでもしてあげる。

 しかし、当事者にとっては、よけいなお世話である。迷惑である。このおせっかいな極まりない内容こそ、適応指導教室で繰り返されてきた、学校復帰のための訓練、不登校対策の王道メニューじゃないか。多少ゆるくなっているのは、この分教室の狙いが、中学校への復帰ではなく、中学は不登校でいいから、勉強して、遅れを取り戻して、定時制か通信制の高校に進学しなはれ、という狙いなんだと個人的に推測している。高校からの学校復帰でええやん。定時制、通信制高校に行きなはれ政策じゃないの。

 分教室に通学すれば、出席扱い、内申書も書いてもらえる、高校も進学できるぞ、そんなエサをまく一方、通わなければ、欠席、内申書白紙、中卒確定という脅しがこめられている。ここが怖い。教育機会確保法は年齢にかかわらずということなので、まさか、そんなひどいことはしないはず、と思うけれども、留年(落第)させてでも教育をさせられるのでは、と考えたら、分教室に行かないという選択はかなり勇気がいる。

 学校なんて一日も行かなくても卒業できた、今までは。ただし教育機会確保法ができたせいで、卒業できる? かはまだはっきりとしていない。出席扱いというものの、価値がぐーーーんとあがった。

 ろくでもないなと私は思うが、これができたことが、さもいいニュースであるようネットに書いている人もいる。困ったことだ、困ったことだが、この話はこれくらいにして、ここからは、ひきこもり教育大臣の誇大妄想演説をやらせていただきたい。教育とはなにか、俺が言うしかない、以下、空想よもやまばなしです。



 テストで点をとるための教育、いかがなものでしょうか。学校教育とは何か、と問われれば、それはテストで点をとるための訓練であると言いたい。100点をとれば俺は頭がいいなと優越感にひたり、0点をとれば俺はバカだと劣等感に打ちひしがれる。記憶くらべで他人より優れていることを目指すのが、学校教育になっているというか、それが文科省のやらせたいことなのです。

 個人的に、目の前の勉強を嫌がる子どもに勉強させるのは難しい。でも日本国民全員に勉強をさせようとするのは簡単です。国勢調査のように、日本国民全員に国勢学力テストをおこない、1位から日本の最下位、1億2500万位まで順位をつけて、成績を発表してやればいい。

 テストで順位をつける。そうすれば必ず、みんな競争を始める。もっと上にとか、これ以上下がらないようにとか、せめてこれくらいは、とかいろいろな理由で競い合う。しかしどんなに努力しても、1番がいるし、びりもいる、できる人もいれば、できない人もいる。

 できない人が、できる人に対して「負け犬根性」を持ち続けてくれれば、テストで点をとるための教育の目的は達成なのです。できない、劣っている、ぼくは頭が悪い、なんて思い続けて平凡にいじけながら80年間生きてくれればそれでいい。負け犬根性がなければ、スーツにネクタイをしめ満員電車に乗り、給料のために、人生のほとんどを費やすなんてことはできません。テストに負けて、競争に負け、自分なんてたいした人間ではないと分をわきまえて低賃金労働者として生きていくしかないと思い込んでくれないと国と企業が困る。

 ただテストには欠点であり、長所でもある部分があって、それは頭がいい、記憶力のいいやつが必ず勝つ、とは限らないところ。頭が悪い、記憶力もよくない、そんな人間でも逆転のチャンスがある。それが詰め込み教育! とにかく長時間、詰め込んで、詰め込んで、尋常じゃない努力をして、ひたすら暗記をすれば、頭のいい人を打ち負かすことも可能です。テストに出る部分だけをひたらす暗記する。まあたいていの受験生ってこれをやっているよな。

 しかし悲しいかな、みんながみんなテスト対策で詰め込み暗記をやるから効果がない。出し抜けない。もともと頭のいい、記憶力のいい人たちもやるので、差は開くばかりだ。それなのにだからといってやらないと、自分よりも下だと思っていた人に、どんどん追い抜かされてしまう。競争だ、受験戦争だ、やだ、やだ、どうすればいいか。

 やめなはれ。はよ、やめなはれ。ひきこもり教育大臣として、テストを受けるなと言いたい。そうすれば勝ち組だよ。一生、テストで点をとるための訓練から開放される。これは一生、学ばないという意味ではない、点をとるための訓練をやらないだけです。価値をはかるモノサシをかえる、マイものさしを持つ、テストの点の高い低いなんて、別にどうでもいいんだ。記憶力はたくさんある能力のひとつである、それだけ。むしろ、記憶した知識を、いつ、どこで、出すかのほうがポイント。それがうまい人こそ頭がいい。

 やめなはれ。はよ、やめなはれ。しかし私自身、勉強していないのに3年間も受験浪人してしまったように、すぱっとやめるのはなかなかできない。なぜなら、くだらいな点取り訓練で勝てば、ちょっとよさげなイスに座れるからです。くだらない椅子取りゲームと知りつつも、やってやれないことはないな、椅子取りゲームの勝者になろうと思えばなれるぞと考えると、もったいない根性がでてきて、なかなか踏ん切りがつきにくい。

 ずっと小学校から、いわば洗脳されていたわけです。100点をとれば褒められて、よくできました、花丸マークを書いてもらってたのだから、テストで点をとるための教育が身体に染み付いておるのです。

 学校にいかないなんて、鍵の付いてない牢屋から出ていくようなもの。出てしまえば、テストもない、順位もない、競争もない。自由と権利を手にすることができる。やっほーい、桃源郷じゃ、桃源郷じゃ。

 しかしこれで困るのが、テストで点をとるための教育なのです。順位をつけて、競争させて発生する大勢の負け組あっての、点取り訓練テストシステムなのです。成績上位の人間は頭がいいと信じ込み、むやみに敬う、無垢な民がいないとこのシステムは成り立ちません。

 民衆が、成績上位者をただの勉強マニア、クイズ王あつかいするようでは困ります。雑学王として見下されてしまっては、だれも競争してまで、勝とうとは思いません。勝ったところで、クイズ王。それではみんな割に合わないと、テスト勉強をやめるでしょう。こうして価値観が変わり、社会もかわる。

 しかし、しかしですよ変えたくない人もいるわけです。だから、あれこれ手をつくして、テストで点をとる教育を今まで通り、末永く続けられるよう、あれこれ工夫をしている。学校の代わりに特例校をつくる、フリースクール(文科省が認めたところ)でもいい、夜間中学でもいい、家でインターネットの通信教育でもいい、みんな勉強してテストを受けて、順位をつけてもらって、そして優越感や、劣等感を感じて欲しい。できれば競争に参加して欲しい。不登校でもちゃんと就職できる、ちゃんとスーツを着て満員電車に乗って「不登校でもちゃんと社畜になれる」って、そう言えるような人間になって欲しい、文科省はそう思っているんです。

 不登校の子どもにやたらとインターネットを通じて勉強させたがるけど、あれも、家でテストで点をとる教育を、家庭に押し付けたいだけなんです。ただやれば出席扱い、やらなきゃ欠席扱いだなんて今後、脅しが来るんだろうけれども……、なんかだらだら書きすぎたので、ここでやめる。クラスジャパンプロジェクトについて書こうと思ってたけど、また今度にします。むんむん。

_10

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2017年2月23日 (木曜日)

【教育機会確保法】基本指針の検討会議開催について

 教育機会確保法案の基本指針を決めるにあたって、検討会議を開き、参考までに識者の話を聞くという。

 でも聞くべきは、子どもの声なんじゃないのか。義務教育の場合、教育を受ける権利を持っているのは子どもだから、主権者である子どもを呼んで、意見をきかないとだめなんじゃないか。

 法律を作るときもそうだったが、成立した後も残念ながら、子どもを排除している。あと保護者と関心のある市民も排除している。キープ・オン・排除ですよ。



 法案成立後、腑に落ちない点がある。なぜ国と民間の団体との連携なのか? 国と子どもの連携の間違いじゃないかのか。国と民間団体が連携したら、談合でしょ。癒着じゃない。

 子どもに権利がなさすぎる。識者か民間の団体を通じてでないと、子どもの声は伝わらない。識者と民間団体が「関所」になっていて、子どもの声を締め出している。意に沿うものだけしか、関所を通過できない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年12月 6日 (火曜日)

本日、参議院文部科学委員会に傍聴に行ってきました。その感想。民進党と教育機会確保法案

 今さっき、家に帰ってきました。メモ代わりに、ブログに今日の感想を書いておきます。またまた国会審議の傍聴に国会に行ってきました。今度は参議院です。不登校対策こと、教育機会確保法案の審議&採決です。ネットでもその様子が見れますよ。以下のサイトで検索してみてください。

http://www.webtv.sangiin.go.jp/webtv/
開会日:2016年12月6日
収録時間:約1時間19分
会議名:文教科学委員会

 私の目的は、こんなひどい法案を応援しているやつらが、どんな面をしているのか、この目で見てみたいという、目的でもなんでもないが、まあ今となっては、それくらいしかやることがねえですよ。

 委員会の審議、ネットの映像を見て、あれ? っと思う人がいると思うので、歴史の証人として、素人ですが、少し説明したいと思う。

 民進党に質疑についてです。民進党は、この教育機会確保法案に「賛成」なのです。なのに神本美恵子議員(民進党)及び、民進党推薦の外部参考人桜井智恵子さんは、あきらかにこの法案に反対なのです。

 なぜか。それは民進党の中に、個人としては反対の人はいるから。でも党内では賛成派が多数なので、民進党は賛成なのです。さらに党議拘束がかかっており、民進党議員は採決で反対することができない、すれば除名され、離党しなければならなくなります。

 この法案に附帯決議をつけたのは、民進党です。附帯決議とは何か。私もよく分かっていないのですが、辞書を調べてみると、法律上の効果はない、法案に対する「希望意見の表明」というものです。政府はこれを尊重しなければいけないそうですが、従う必要はない。尊重さえすればいいとも言える。

 附帯決議はある意味、法案を少しでも良くしようとするための、改善要求であったり、このように配慮してほしいというお願い、そんなものが書いてあるものなのですが、いかがなものでしょうか。

 超党派の議員立法で、なぜこんなものが付くのか。附帯決議なんかじゃなくて、法案そのものを良くすればいいじゃないか。法案そのものを改善すればいいじゃないか。配慮して欲しいという希望ではなく、配慮された法案をつくるのが超党派の議員立法じゃないか。

 自民党と文科省が、公明党と維新を引き連れて、悪い法案をつくるのは、これは当然である。TPPしかり、カジノ法案しかり。沖縄をいじめ、議員はワイロ。悪の軍団が、悪い法案を通そうする、それはもうわかりきっている。しかし、超党派で何をやっとるんですか。

 民進党がわからない。右手で自民党と一緒にひどい法案を書き、左手では改善配慮を求める附帯決議を書く、このような精神分裂作業をしている。これではたぶん、この法案に賛成しいる人にも、反対している人にも、悪い印象しか与えないだろう。神本議員も法案の問題点を指摘してくれたし、参考人を呼んだりといろいろがんばってくれた。院内集会、勉強会といろいろしてくれた。でもやはり最後の採決では賛成に手をあげるのです。党議拘束、党の方針と分かっていても、やはり人情としては割りきれないものがある。

 民進党のなかに個人として支持する議員はいる、が、もう民進党という政党自体を応援する必要はないんじゃないかと感じた。民進党の中身を、自民党寄りではなく、野党寄りに変える必要があるが、それは党員でない自分にはできないことだからさ。

 今回の、不登校対策法案で、問題点を指摘して反対してくれたのは、党としては、共産党、社民党、自由党(途中から)。個人としては、民進党の一部の議員です。

 と、締めの文章を書こうとしたが、実はまだ教育機会確保法案は、成立していない。あとは本会議で、きわめて形式的に、多数決をとって決める。賛成の諸君は起立を! なんて議長が言って、成立となります。それがいつかは分からない。明日かもしれない。なんとかならんですかのう。

修正、追伸を削除。神本議員は文教科学委員でした。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2016年11月26日 (土曜日)

不登校運動の敗北 2

 教育機会確保法案が、24日の参議院で成立するだろうと書いたけど、29日の参議院に延びた。でも延びたからといって、廃案の可能性が高まったというわけではない(残念だ! 無念だ)。

 私からのおすそ分け。たぶんほとんどの人が見なかったであろう、ネット生放送番組、abemaプライムというのが録画できたので、ここに貼り付けておく。俺たちの池田賢市先生が出ているよ。孤軍奮闘する、ひとり赤穂浪士、池田先生の死に様をとくとご覧あれ。

 ただネチッと一言いわせてもらえるのならば、尾木ママこと、尾木直樹さん、嘘をつくのはやめてくれませんか。この法案に、経済支援するなんて書いてない。お金は出ないよ。学校に行っていないというだけで、不登校児と定義され、学校から排除される法案。差別された子どもをつくりだし、受け入れ施設に通わせるだけ。しかも受け入れ施設の、目的は学校復帰なんだぞ。

 これを見ていると、法案の内容を知って話をしているのは池田先生だけというの、なんとも悲しい。


 
 人間観察的な視点からの感想。こうなったらいいな、という人間の欲望は、正しくものごとを見る目を失わせるんだなというのを、さくらんぼ学園の人を見ていて思った。私もお金がなくて困りきっていた時は、道に落ちている、ガムか飴かわからない、それをつつむ銀紙が500円玉に見えた、喜んでしゃがんで拾おうとして、銀紙を手に取り、我に返り、自分の心の貧しさに絶望したものです。

 賛成派(?)イベントについての感想。「不登校は問題行動ではない」なんて、当たり前だ。学校にいくも、いかないも自由なのです。教育を受ける権利を行使する、しないという自由があるだけ。そこに賛成派も反対派もない。

 彼らは何に賛成しているのか。彼ら賛成派と呼ばれる人たちは、自民&文科省の、つまり国の教育方針、不登校対策に賛成しているのです。教育確保法案を成立させて何をしようとしているのか、

  今の学校の現状の是認、
   不登校児(!)の定義、
    定義された特殊な子どもを受け入れ先へ分離、
     営利目的の業者の参入を認める、
      適切な学習かどうかは国が決める、自由な教育はない、
       教育を受ける権利を、教育を受ける条件に変える。

 それはいかん、と私は思うのですが、また同じようなことを書いてしまいましたね。失礼しました。

 法案は成立しそうだ、だけど私は諦めてないぞ。まだ3日くらいある、FAXくらいおくれる、楽しくやろう、絶望するな、どーんといこう、では失敬。
\( ‘ jjj ’ )/

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年11月20日 (日曜日)

不登校運動の敗北 1

 イベントの告知も兼ねて、書きなぐりメモ。いつも以上に、まとまりもなく、日本語も変だけど許してくれい。

 18日、衆議院の文部科学委員会の傍聴に行ってきました。衆議院の文部科学委員会で不登校法案こと教育機会確保法案が審議されるというので見に行った。勉強になった。そのなかから、いくつか気になった点があったので紹介したい。

↓以下のサイトで当日の様子が見れます。
http://www.shugiintv.go.jp/jp/index.php?ex=VL&media_type=&deli_id=46211&time=

 民進党の寺田学議員の質疑に注目、50:51あたりからの発言です。これが東京シューレの奥地圭子さんが子どもたちを議員会館に連れて行ってやっているロビー活動と、瓜二つなのです。要するに文科大臣に「学校を休んでいいと言ってください」とお願いするというパフォーマンス。

 動画を見るのが億劫な人のために、おぼろげな文字起こし(省略してある)。大体こんなやり取り。

寺田学議員 
「死を覚悟するくらいなら学校なんて行かなくていいんですよと、大臣がこういう気持ちを持っていただけるだけで、どれくらいの子どもたちが救われるかわからないと思うんでよね。
 大臣にお伺いしたいのですが、学校に行くのは辛いから死ぬ、と思うくらいだったら、学校なんていかなくていいよと、私は考えているのですが、どう思われますか?」

松野文科大臣
「なによりも命が尊重されるということは、当然のことであると考えております」

 以上で終了。文科大臣の華麗なるスルーです。それにしても、自分の生き死にを文科大臣に預けるという、その奴隷根性はどこから生まれるのか。

 奴隷がその主人に「旦那様、どうか休みを与えてください」と頼んでいるのと同じじゃないか。寺田、お前は自分の頭を踏みつけている人に、どうか足をどけてくださいと頼むのか。

 こんなこと言っているとガンジーでもキレるぞ。「インドが独立してもいいよって、言ってください」と大英帝国にお願いするようなものだろ。こんな事言っていると、キング牧師やマルコムXにゲバ棒でボコボコにされるぞ。「黒人にも人権があるよ、って言ってください」と白人にお願いするようなものだろ。

 助けてください、休んでいいよと言ってくださいと頼む、その文科大臣こそ、自分たちを苦しめている、張本人じゃないか。それに、助けてくれだの、休ませてくれだのと、いったいどういう教育を受けてきたんだ。おとなしく従っていれば、相手も悪いようにはしないはず、と思っているとしたら大間違いだぞ。

 と憤慨したところで、法案は粛々と可決されていく。傍聴席には人がいっぱいでした。奥地圭子さんと、その子分たちも来ていた。率先して強いものに媚びることで、自分だけは助かろうとする、そういう人間のことをアンクル・トムっていうんだ。傍聴席はアンクル・トムがたくさんいた。こいつらが不登校運動が獲得してきた権利を、委託事業というかたちの助成金と引き換えに、売り払ったのです。

 長くなったので、とりあえずこれまで。教育機会確保法案がなにがどうダメなのかは散々書いてきた。でも、24日の参議院で成立しそう。その前日の23日に、おそらく成立前の最後になるであろう、イベントをやります。最後に言い残しのないようにいうべきことを言って、たくさんの反対があったという証を残したい。まだ成立したわけではないので、諦めてはいないが、客観的に見れば、やはり成立しそうな流れです。

11・23
STOP! 教育機会確保法案
緊急大反対集会🐼

日時:11月23日(水曜日・祝日)13時30分~16時30分
場所:日本教育会館(最寄り駅:地下鉄神保町、竹橋、九段下)
http://www.jec.or.jp/koutuu/
参加費:500円(不登校・ひきこもり当事者無料)

国会の中の多数の人たちが11月中に成立させようとしている
「義務教育の段階における普通教育に相当する教育の機会の確保等に関する法律(案)」。
子どもを学校に行っている子と学校に行っていない子に分類し、
個人の状況や能力に応じて違う場所での教育機会を確保する。
それが不登校の子どもを救済して支援するためだというけれど、
人を分けることで差別が生まれるというのは、すでに歴史が証明してきた。
能力のあるなしで人の価値を測って、
教育を受けていないことが差別の対象とされる社会状況がすでにある。
この法律は、いま以上に社会を息苦しくする。

誰もが安心して居られる学校にすることを40年近く放棄したまま、
子どもの声は1%も聞かれないまま、特定の子どもへの差別を根拠づける法律ができていく。
これはだれが望んだことなのか?
このまま成立させるの? よくないよ。
疑問に思う人、慎重に議論してほしい人、成立反対の人、廃案を望む人etc.
ぜひ、ご参集ください!!!

〈話す人〉
池田賢市/中央大学教授、内田良子/子ども相談室モモの部屋 、金井利之/東京大学教授 

高木千恵子/障害児を普通学校へ全国連絡会、 中島浩籌/日本社会臨床学会 、山田真/小児科医 ほか交渉中

学校に行かなかったことのある人(不登校経験者)
伊藤書佳、和田葉月、橋本真希子、比嘉裕子  ほか交渉中

学校に行かなかったことのある人の親(不登校経験者の親)
交渉中

メッセージで参加してくれる人
加藤彰彦 沖縄大学
嶺井正也 専修大学・公教育計画学会
石井小夜子 弁護士

司会
勝山実/ひきこもり名人
伊藤書佳/いけふくろうの会
http://150909.jimdo.com

大臣

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年10月 8日 (土曜日)

政治資金パーティーとフリースクール #不登校

 前にも書いたが、政治資金の白紙領収書が話題になっているようなので改めて。政治資金パーティーとは、政党や政治団体などが政治活動資金の調達手段を目的として開催されるパーティーのこと。こんな薄汚いモノに、非営利団体である、貧乏フリースクールが関係するわけない、と思っていたが、間違いだった。ずぶずぶの関係だった。喜々として政治資金パーティーに参加していることが発覚したのは、2015年の11月のことです。

「多様な学び保障法を実現する会」のメンバー

 度肝を抜く一枚の写真をブログに発見。馳浩議員(当時・文科大臣)と仲間たち。「多様な学び保障法を実現する会」のメンバーとの説明がありますから人違いではありません。子どもに寄り添わず、権力に擦り寄っていたのです。東京インターハイスクールというフリースクールのブログに載っています。

 馳浩議員のブログ、はせ日記の11/9の記事に当日のことが書かれています。18時00分、キャピタル東急ホテル一階鳳凰の間、「馳浩国会議員在職20周年記念政経セミナー&出版記念パーティ」と。確かにおこなわれている。やはりその時の写真なのです。

 ひょっとしたら政治資金パーティーではなく、目的はただ、金屏風を愛する者の集い、だったかも知れない、その可能性もあるかなーなんて思ってはいなかったですが、断定は保留していました。しかし確定した。平成28年10月17日(月) 午後6時30分よりザ・キャピトルホテル東急 1F「鳳凰」で政治金パーティーの開催のお知らせが、馳浩議員の公式サイトにどーんと告知されいています。毎年やっているシリーズ物だったのです。

 参加費、20000円。政治家が金を集めて、白紙の領収書を切り、裏金をつくるのです。その一役を担うのが、フリースクールの、教育機会確保法案に賛成している連中のなのです。

 とりあえず忘れないように、急いで書いた。誤字脱字あると思いますが、とりあえずメモとして書きちらしておく。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧