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2014年8月27日 (水曜日)

読まずに語る、「下剋上受験」の人生のしくみ全否定

桜井信一様からの削除の申立に配慮し、一部内容を削除変更しました。(2015/03/16)

 ごちそうだよ、中卒の父親が、親塾こと家庭教師となり、娘と一緒に勉強しながら難関中学に挑戦する(結果は第1志望は不合格、(ToT)/)ドキュメンタリーブログが、「下克上受験」という本になり、発売中とのことです。偶然、ここのニュースサイト→中卒の父、娘と難関中学に挑戦「下剋上受験」 壮絶な勉強記録 ブログが人気に で知りました。さあ、ごちそうを紹介しましょう。

Black

※ニフティからの指示にしたがいモザイク画像を変更しました。(2014/12/04) ※塗りつぶし画像に変更。(2015/03/16)

 「人生のしくみ」←ここをクリックすると実物が見れます。はい、どうでしょう、いかがなものでしょうか。怒りを覚えた、毒親チルドレンもいるんじゃないでしょうか。同じ中卒男子として恥ずかしいかぎりです。調べると、著者の毒父・桜井信一氏と私かつちゃんとは、随分と共通点が多い。

 桜井信一とかつちゃん(勝山実)の類似点。高校中退で、最終学歴が中卒。年齢が近い、1968年生まれと1971年生まれ。うつ病。ブログ経由で本を出版。子供ネタ、娘と甥っ子。教育に関心がある。偏差値にうるさい。きなくさい。イベント時には帽子をかぶって変装。

 どうりでなんかひっかかるわけだ、じっとしていられずグーグルで検索、著者のブログまで、じっくりと見てしまいました。桜井氏の思うつぼでございます。

 さて本題、図の人生のしくみについてです。突っ込みどころがたくさんあるのですが、まずこれには、人生につきものの「挫折」がまったく考慮されていません。そこが欠点です。順調な人生なんてものがあるだろうか、否ありません。受験勉強・学歴が、人生の苦しみや挫折から自分を守ってくれるだろうか、否守ってくれません。私立の進学校に、いい大学に進学させれば、人生で誰もが体験する、あの煮え湯を飲まずにすむでしょうか。ヘッセの小説を引用しましょう。

 「おん身がむすこを愛するからといって、子どものために、悩みと苦痛と失望を免除してやりたいと願うからといって、そうしてやれると思うか。たとえおん 身が十度彼のために死んだとしても、それで彼の運命の一番小さい部分でさえ、取り除いてやることはできないだろう」byヘッセ(シッダールタより)

 そのことが、40歳すぎてもわかっていない、桜井おじさんよ、おなじ中卒仲間として恥ずかしいぞ。なんのための中卒なんだ。

 ***

 「人生ってわずか8年間、がんばるだけでかえられるんだよ」って、子供の8年間って、もう大人の一生に匹敵するくらい長い時間でしょ。それを奪い取る、何のために、全部テメーのためじゃねえかって、何年かすれば娘さんも気が付きます。塾なら家に帰ってくれば解放されるけど、親塾では逃げ場がない。親の生きがいに子供が巻き込まれている。どうして、こんなことになってしまったのか。

 桜井氏は優等生をやったことがなく、受験エリートといのものが、どんなに辛いものか知らんのです。進学校に通っているできる生徒でも、受験勉強は必要悪だくらいにしか思っていません、嫌々やっとるのです。桜井版人生のしくみでは大学受験だけがんばっても東京大学にはいけない、とありますが、いける奴はいける。受験秀才・天才が世の中にたくさんいます。必死でがんばり続けないと勉強についていけないようでは、受験エリートはつとまりません。

 偏差値を41から70まであげるのも地獄の苦しみですが、偏差値70を維持する苦しみに比べればたいしたことではありません。下克上いまだならず、です。なのに父親がかってに勝利宣言した本を出版しているのだから、娘さんの苦しみも相当なものでしょう。私が高校に合格した時、毒ママンがひとりで喜んで、私の高校のテレホンカードを自慢げに近所に配り歩いているのを見て、死にたくなったのを思い出しました。

 我慢するのは、受験勉強を始めた10歳から18歳までの8年間だけ、なんてわけがない。こままま、このウザイ父親が死ぬまでの38年間、娘さんが48歳になるまで、我慢し続けるはめになるに決まっている。いますぐ勉強やめて、阿修羅フェイスで対抗したほうがいい。阿修羅フェイス講座を開催しないといけませんな。

 「人生のしくみ」にツッコミをいれながら、一晩語れるし、まだまだ否定するところはあるのだけれども(大学と会社を舐めすぎているとか、自分自身に対しては諦めがいいくせに娘には諦めが悪いとことか)、でもまあ今宵はこれくらいにしておきます。

シッダールタ

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2014年8月22日 (金曜日)

かつて小学生だった頃の勝山おじさんの夏休み自由研究

 「おじさん、スイカの種を数えたの?」、と甥っ子に聞かれました。私が小学校の時にやった、夏休みの自由研究のことです。そうだよ、えっへん、と答えたところで、甥っ子兄弟に大爆笑されてしまいました。「アホすぎる」というのです。

 恥ずかしさに、顔を赤らめうつむくのです。まさかアホな自由研究だったとは……。小学校、中学校時代は、真面目な優等生のつもりでしたから、アホすぎると言われて、なんとも面目なく、言葉も出ないのです。私の妹である、甥っ子母さんが、甥っ子に教えたのでしょう。今からさかのぼること30年以上前に、自分の兄がやっていた自由研究を憶えている、妹の記憶力と、のぞき力に打ち震えるのです。

 ガリ勉小学生で、暗記は得意だったのですが、自由研究とかそういうのは、さっぱりだめの、教育奴隷として生きていましたから、中途半端な、自由を与えられても何をしていいのかわからんですよ。いい点数をもらえる自由研究をしなければいけない、でも自由ですから、こうすればいいという基準がない、ガリ勉としては泣きたい気分になりました、できが悪ければ、スパルタ教育として、ママンの鉄拳制裁がまっております。

 そんな小学生の私がやった、苦心の自由研究が、大好物のスイカの種を数えるというものです。夏休みの宿題のためと親に頼みこんで、スイカ一個、かなり大きいのを買ってもらいました。それを一人で食べる。種をぷっとはいて捨ててしまっては数えられないので、新聞紙の上にぷっとはいて、それを乾かし、あとで数えるのです。

 たいへん不衛生な自由研究で、実験場であったベランダにはハエだらけ。家族もキレかかっていたので、大急ぎでスイカを食べ、自由研究の完成を目指します。大好物のスイカも、まるまる一個食べるというのは大変でした。死ぬまでに一度でいいから、スイカをまるごと食べてみたいという夢も、叶ってしまうと辛いです。一人で食べるには量が多すぎるのです。もうスイカは食べたくない。スイカが大好物でなくなってしまったのは、この自由研究がきっかけです。

 ハエがたかるスイカの種を水で洗い、そうして種を数える。スイカ一個に、種がいくつあるのか、それが勝山少年の自由研究です。つまらなかった。スイカを食べるだけで、夏休みの宿題が終わるという、極楽自由研究のはずでしたが、まさか途中で食べ飽きるとは、まさかあんなに種があって数えるのが面倒くさいのとは、まさかベランダがハエだらけになるとは、つらいことばかりだったせいか、実際にスイカの種がいくつだったかは覚えていません。

 ちなみに甥っ子長男坊の自由研究は万華鏡だそうです。万華鏡をつくる? らしい。甥っ子次男坊は、絵日記を書くといっておりました。アホすぎることは、やらんのですよ。

西瓜

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2014年8月18日 (月曜日)

真・鬼ごっこ

 甥っ子も小学校五年生にもなると、単調な遊びでは満足してくれません。前だったらピッチャーが投げる、キャッチャーが取る。ストライク! ボール! の審判の判定だけで満足してくれましたが、今じゃその程度では「なんか、盛り上がりに欠けるな」、とダメ出しをしてきます。野球をするにも、サッカーをするにも、ひと工夫必要なのです。

 それに加え、調子に乗った甥っ子次男坊(小学校二年生)もいますから、遊びも混乱をきわめます。甥っ子次男坊の主張は明快で、野球もサッカーもやりたくない、はやく家に帰りたい、です。それをなだめて、公園で遊ぶのですから、兄弟が仲良く遊ぶなんてことは、ありえません。

 やる気がなく、すぐ帰りたがる弟を、兄貴がからかいバカにする、弟がきれて兄貴をぶっ叩く、兄貴が「調子にのるな!」の決め台詞とともに鉄拳をふるい、次男坊号泣(嘘泣き)。これが毎回繰り返される、公園遊び始まりの風景です。

 そんな二人をなんとか、なだめすかしながら、両人がどうしたら満足できるかと、どうしたら遊べるかを考えます。その思索のなかから生まれた遊びが、「真・鬼ごっこ」です。

 じゃんけんして負けた人が、鬼になって追いかけて、タッチされたら今度はその人が鬼になって追いかける、それは普通の、鬼ごっこ。「真・鬼ごっこ」では、じゃんけんで負けた人が、地獄の鬼となり悪の限りを尽くします。

 実践してみましょう。じゃんけんぽーん、勝山おじさんが負けました。その瞬間、二人の甥っ子が、「ぎゃーーーーーーーー」と言いながら公園中を逃げ回ります、そんな二人の子供うちの一人に狙いをさだめ、もはや人間でなくなった、子供に暴力を振るう本当の鬼になった勝山おじさんが追いかけます。ダッシュし、追いついたら、甥っ子の首根っこをつかみ、地面にばーんと倒します。どうだ、と。

 さっきまで、きゃあきゃあ言っていた、甥っ子長男坊が、苦悶の表情を浮かべています、「腰をうった……、痛い……」そういって、涙をぽろぽろ流すのです。「何でこんなひどいことをするんだ」という甥っ子の問いに対し、勝山おじさんは「本当の鬼だから」と答えます。甥っ子長男坊は小学校五年生ですから、理屈はわかってくれました、でも腰が痛いと、地面に横になったまま涙をながし、しばらく立ちあがれないのです。

 大人気ない、やりすぎる勝山おじさん。自慢できない親戚として、またワンランクアップしてしまいました。でも、そんな真・鬼ごっこ、もうやらねえよ、とはならないのです。公園の遊びの締めは、毎回これをやっています。勝山おじさんが「本当の鬼」になって、甥っ子を追い回す、警察に通報されるギリギリ、もしくはアウトのところまでやる。いかがなものでしょうか。ちゃんとした大人にならなきゃいけないと、反省しているのですが、真・鬼ごっこを超える遊びがおもいつきません。どうしたらいいでしょうか。

鬼

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2014年8月13日 (水曜日)

不登校ないない

 自己紹介する時、最初に「自称・ひきこもり名人、勝山実です」と言います。それに対する、反応は、たいてい失笑です。ひきこもり・不登校業界から縁遠いイベントであるほど、この一言で、笑いがおこる。ただしひきこもりも全く知らないというほど遠すぎる集まりとなると、あたたかい笑いではなく、嘲笑というか、侮蔑になる。

 もっとも嘲笑われたのが、平成26年度藤沢市公益的活動助成事業プレゼンテーションの時です。湘南ユースファクトリーという、NPO法人になろうとしてなれない任意団体があるのですが、そのメンバーの三人うちの一人として、銭っ子が欲しさに、プレゼンテーションをしました。公開助成金オーディションです。

 思い出すのも辛い、暗黒のプレゼンテーション。ひきこもり名人ですと名乗った時の、9人の審査員の蔑むような視線と苦笑い。私は一生忘れない。ひきこもりとは、切ないものだと思った。

 それでも助成金ほしさに、審査員の顔色をうかがい、媚びへつらいながら、審査員の言うことごもっともと、本心は主張せず、プレゼンをやった。結果は、参加した9団体のうちの9位、最下位で落選。土下座外交をしたあげく、1円のお金も得られない。立っていられないほどのショックを受けました。

 このケースとは反対の、ひきこもり業界に近すぎる場合はどうだろう。ひきこもり名人だと言っても、笑わないどころか、ごく当たり前の肩書きとして受け入れられてしまいます。みなさんご存知の「ひきこもり名人」なので、誰もおどろかない。日曜日に、東京シューレでおこなわれたイベント、「みんなで“いつものこと”をやる日~いけふくろう×不登校新聞×月乃光司コラボ企画」など、まさにそうでした。不登校の震源地でイベントをすれば、そうなります。

 不登校全国合宿というのが、毎年夏におこなわれているのは、不登校ひきこもり業界では常識の、あるあるですが、業界外の人にとっては、不登校関係者が全国から集まって、合宿までしているということに、ド肝を抜かれます。「いったい合宿って、何をしているんですか!」と。一般市民には、意味不明の合宿なのです。

 ひきこもり業界というのは実際には存在してないし、合宿もありませんが、見えない空気のような感じでは存在はしています。ひきこもり名人、という言葉に対する反応で、業界人としての、ひきこもり濃度を測ることができます。ひきこもり名人? なんだそりゃ、と思わないようならば、かなりのひきこもり業界人ですぞ。

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2014年8月 8日 (金曜日)

朝6時に起きる生活

 和歌山に滞在していた1週間、毎朝6時に、共育学舎を出発して、スラムで小屋づくりをするという生活をしていました。野外での作業なので暑すぎる昼間を避け、涼しい朝の時間に小屋作りをして、昼間は休みます。そして午後は、夕方4時から日が沈むまでの間、作業をするのです。

 朝6時に出発ですから、その準備を考えると5時半には完全に起きていないといけません。しかも、ただ起きるだけでなく、小屋づくりまでするのですから、本当の意味で、人生初の「朝型生活」に挑戦でした。未知の境遇。

 勝山おじさんの泣き所は、標準10時間睡眠という、怠け野郎ことロングスリーパーであることです。10時間寝てない状態は、私にとっては「寝不足」であり、疲れ&眠気がその分、蓄積されます。朝6時集合のために、朝5時半に起きようとすると、夜の7時半に寝なければ10時間睡眠は出来ません、いかがなものでしょうか。赤ちゃんでもこんな早く寝ません。夕方の作業が終わったあとに、温泉に行って、夕食、そのあとみんなと話をして過ごしていれば、どうしたって就寝は10時くらいになります。毎日が寝不足です。

 朝日を浴び小屋作りをする。太陽と労働。ひきこもりの怠け者にとっては、覚醒剤です。作業が終わる8時半か9時くらいには、眠気がぶっ飛んで、心も体も完全に目覚めている、だから昼寝ができない、眠くならないのです。それに、和歌山は朝と夜は比較的涼しいのですが、昼間は横浜と変わらないくらい暑い。共育学舎にはエアコンなん てないですから、午後の作業にそなえて、暑い旧小学校の教室で、もんもんと寝転びながら体力を充電することになります。

 一番目の前の敵、朝の起床。そいつを倒すために、無念ではあったのですが、食事のあとに、みんなの話を聞いてゆっくり過ごすという、いつもの共育学舎の楽しみを、「体を休めなければ、俺はだめになってしまう」という強迫観念から、断念しなければならなかった。私が訪問した一週間はお客さんが多くて、もうちょっと話を聞きたいな、という気持ちがあったのですが、虚弱体をいたわるこを優先せざるを得ないのです。

 これだけ気を使っていても、やはり早起きによる疲労が蓄積してきます。最初のうちは踏ん張りがききますが、後半はもう6時ぎりぎりに、トイレから走って集合場所にやって来るくらい、余裕がなくなる。自分の小屋を建てるわけですから、私が集合時間に遅れるなんて、できません。誰でもいい、5分、10分でもいい、遅刻してくれ、と心の中で願うようにまでなります。

 そんな一週間をおくったせいか、横浜に帰って来てからも、朝型生活が残っていて、これ幸いと、朝はネットカフェにいって過ごすという生活をしています。朝はモーニングタイムで昼間に比べて料金が格安なのです。なかなか充実した、早朝ネットカフェ難民ライフですよ。

トタン屋根

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2014年8月 4日 (月曜日)

和歌山裸族

 田舎を舐めているというか、田舎にいくと開放感からか、服装が普段着以下になります。。横浜にいる時は、頭にタオルを巻かないし、首にタオルをまいて出歩くこともない。変だからさ。タオルを巻かずに帽子をかぶるし、ひきこもり男子の油汗はハンカチタオルでふく。田舎に滞在中だけ、服装の基準が極端にゆるんでしまう。基本ジャージ&タオルだ。

 これは良くないな、と感じる機会があった。和歌山の九重というところに、廃校になった小学校を利用した、ようは共育学舎に近いシステムでやっている、「山の学校」というのがあって、そこにbookcafe kujuというおしゃれなカフェがある。そこに今回初めて行ったのですが、その時の私の服装というのが、「短パン・ビーチサンダル・首タオル」というものでした。いかがなものでしょうか。お店は、やはり女性にも来て欲しいということでしょう、大変におしゃれでかっこいいところです。でも客である私の服装は、江ノ島の海の家に遊びに来たおじさんをも下回ります。

 田舎だからといって、身なりを整えることをおろそかにしてよいのでしょうか、それはいけない、と反省していた私の目の前に、あのお方が現れたのです。「上半身裸・短パン・麦わら帽子」というファッションのおじさんです。

 忘れもしません、はっきりと覚えております。スラム小屋の基礎をつくるために、割栗石になるような細長い石を河原で探していた時のことです。上半身裸・短パン・麦わら帽子の50歳くらいのおじさんが、両手を腰にあて川を睨みつけて、スラムの端のほうに立っている。川で泳ぐわけではない。しばらく見ていると、魚をとる仕掛けのようなものを、川に置いているようだ。それが終わるとまた上半身裸で腰に手を当て、じっと川を睨んでおるのです。

 川の中なら上半身裸でもいいでしょう、家の中なら上半身裸でもいいでしょう、でもさ、家から川に来るまで道中、上半身裸じゃだめでしょ。田舎でも、そんなのだめでしょ。Tシャツくらい着るでしょ。田舎の夏の服装って、ここまで自由なのか。だとしたら私のカフェにおける服装も、たいして失礼に当たらなと、思い直した。

 石を拾いながらそのおじさんを観察していたのですが、ジロジロ見られていることに気づいたのでしょう、川ではなく私の方に、ぐいと睨みをきかせてきました。かかわると尋常なことではすまないと察し、さっとその場から距離をとりました。

 あとから聞くと、その上半身裸おじさんは、一緒にスラム小屋づくりに参加していたK君に話しかけるというか、石拾いについて説法なされたとのこと。「何をしているんだ」「もっと面の広い石を拾わないと石垣は作れないぞ」「俺は1日半で石垣を作った」などと石拾いについての説法をなさっていたとのことです。その唯我独尊ぶりは、どことなく、ひきこもり名人を思わせ、似ている、同じ種類の人間ではないかと感じさせるものだったとか、なかったとか。

 実は和歌山において、私は村の人と交流をしていません。共育学舎という防波堤の中でぬくぬくと小屋作りをしています。もちろん道で人と出会えば挨拶はします、でも会話をするようなことはありません。そんな無菌室状態で暮らしていた私を試すかのように、上半身裸・短パン・麦わら帽子・石について説法するおじさんが、私の目の前に登場したのです。

 スラムのまわりに堀をめぐらし、城壁を築き上げたい、そんな衝動にかられますのう。しかし、こうなった以上は覚悟をきめて、私も上半身裸でひきこもりについて延々と説法をしながら、村々を練り歩けるくらい、服装のレベルを落として田舎暮らしにとけこむ所存です。がんばります。

Slam

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2014年8月 1日 (金曜日)

ひきこもりマイホーム

 和歌山から無事に帰って来ました。6日間の小屋作り。夏は暑くて昼間の小屋づくりはできない。なので作業は朝6時からスタートで8時半くらいまで、そのあと夕方4時から6時半くらいまでと、一日二回に分けてやりました。一生分働いた。とりあえず、写真だけ時間系列で貼り付けておきます。和歌山に行っているとと、パソコンにさわる気がしなくなるので、ブログの更新が途絶えておりました、すみません。こまめにちょろちょろ更新していきます。

割栗石拾い
基礎の部分に使う、割栗石拾い。細長い石を探す。

割栗石を穴に
割栗石を穴に敷き詰める。

捨てコン
石の上に細かい砂利を敷き、その上に捨てコンを流し込む。

方丈ハウス
方丈ハウスを軽トラに詰め込む。持ち運べるマイホーム。

一夜城
さながら一夜城。いっきにここまで組立。

屋根
屋根の土台を取り付ける。

骨組み
屋根の骨組み完成。これはすごい。

トタン屋根
今回の最終形態。トタン屋根を張りました。美しい。

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