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2013年4月29日 (月曜日)

名人から病人へ〜ひきこもり廃人ライフ〜 和歌山一週間の旅(5)

 和歌山での楽しい思い出ばかりをブログに書いてきましたが、実はね、そうでない時もあったんですよ。ここでそっと告白しておきましょう。

 テレビの密着取材を受けていてね、ひきこもり名人の生活がどういうものなのかという、ひきこもり密着企画ですよ。でも、ひきこもりですから何もしない、どうしたものか、これじゃ番組にならねえよ、というタイミングでの和歌山旅行に行くことになりました。田舎暮らしにチャレンジするひきこもり、ほうほう、これは絵になるぞと、取材陣3名も私に付いて、和歌山にまでやって来たのです。

 しかし、これがきつかった。一人になる時間がたくさんあるのが本来のひきこもり生活、でも和歌山ではそれが叶わない。朝起きたところから、寝るまで、ずっとカメラに撮られているのです。しかも寝るところもまで一緒、雑魚寝です。貧乏臭い、ひきこもり版情熱大陸がずっと続いたのです。

 するとどうでしょう。ひきこもり名人と称している男が、どんどんと生気を失っていくじゃないですか。自分の殻に閉じこもれず、常に他人の目に晒されていることによる、取材ノイローゼです。目は光を失い、顔は土色、常にぽんぽんが痛く、食事は梅干しのみという、生活になってしまいました。

 暗黒高校を中退したあの頃と、まったく同じ症状でございます。テレビの取材をやめたい、ギブアップして横浜に帰りたい、でも急にそんなこと出来るはずがない、どうしたらいいんだ。そんな葛藤がますます私をゾンビ化させていくのです。名人から病人、そして廃人へ。かつちゃんはどうなるのか? また倒れたままになってしまうのか?

 この模様は、5月に、夕方フジテレビのニュース番組の特集コーナーで流れる予定なので、ぜひ見てくださいね。ドキュメント「生き恥」、そんな内容になりそうです。番組を見た感想はひとつ、武士の情けをお願いしますね。ニュース番組

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2013年4月25日 (木曜日)

釘を抜かないとブログが書けません

 私の机には釘が刺さっている。これは20年前、勉強しなきゃ、でもやりたくない。でもやらなきゃいけない、という葛藤しながら受験勉強していた時に、現実逃避として打ち込んだものです。釘の打ち方が悪く、釘が曲がっていて、抜くこともできない。ならば埋め込んでしまえと、机に深く打ち付けた。

 結果、一本はうまく収まったのだが、二本目は釘の先が机の横からはみ出してしている。危ないね。こんな状態のまま20年もの月日が流れていた。でもなんだかさ、急にですよ、この釘を抜きたくなった。こんな釘があったら、ブログが書けない。というわけで家にあった大きめのバールとトンカチでやや強引に釘抜きを敢行。

 しかし釘が細いのと、深くに刺さりすぎているため、机を削り、釘にバールの先をあてて、ガンガントンカチで叩いても、釘の頭がバールに引っかからない。だめだ、釘の大きさにあった、小さな釘抜きが必要なんだ。

 ホームセンターに釘抜きを買いに行く。Sサイズの小型バールを購入、980円なり。たった2本の釘をぬくために980円も出すのは、お金にせこい私には浪費以外のなにものでもなかったのですが、釘を抜かないとブログが書けないというところまで、追い込まれていたので購入しました。

釘抜きSサイズ
 買ったのはこんなやつ。このL字型になっている部分を、ネジの頭に当てて、がんがんとトンカチで食い込ます。釘の頭をしっかり挟み込んだところで、あとはテコの原理で、レベーを引くように、棒の部分を動かせば、まあ不思議、めり込んで抜けなかった釘がすうっと抜ける。2本とも簡単に抜けた。釘抜きの神様ありがとう。最初からこれを買って、やればよかった。

 釘は抜けたけど、最初にバールで削りすぎて、机がボロボロ、修復が必要だ。でもよく考えてみたら、この机小学校一年生の時から、つまり35年も使っているおんぼろ机なのです。パソコンで作業するには使いづらい机だし、新しいの買おうか、それとも作ろうか、いや今のまま死ぬまで使い続けようか、うーん……迷い中。とにかく気がすんだ、これでブログが書ける。

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2013年4月19日 (金曜日)

将来の何になりたかったの?

 甥っ子次男坊が、小学校一年生になりました。義務教育の始まりは、不登校の始まり。心の準備と、実際的な準備をして登校拒否に備えています。

 次男坊はまだ学校に行き始めたばかりの一年生ですから、勉強も何もしてません。学校の授業で聞かれたことは、「将来の夢」だそうです。将来なにになりたいの? という先生の質問に答えることが、一年生がやる最初のことなのです。

 授業の復習として、次男坊が私に問いかけるのです。おじさんは小学生のと時、何になりたかったのと。なんだったっけなー、野球選手だったかなーと考えいたところ、甥っ子次男坊が突然ひらめいたのです。「分かった! おじさんになりたかったんでしょ!」。

 将来の夢が、41歳のただのおじさん。そんな子供がいるはずもないのですが、次男坊ときたら、すべての謎は解けた、さもありなんといった得意気なお顔をしていますから、訂正することも出来ません。夢をかなえちゃった男、それが勝山おじさんとは、いかがなものでしょうか。ショックを受けて、次男坊が何になりたいのか、聞きそびれてしますました。

将来の夢

 再告知。今度の日曜日4/21日曜日、長野で講演会をおこないますよ。しゃるうぃー。

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2013年4月14日 (日曜日)

カツヤマゾン『みんなの放射能入門』カスタマーレビュー

みんなの放射能入門

 ばーん。安心ひきこもりライフの編集者である、伊藤書佳さんが著者の一人となして作り上げた、ゴリッとした脱原発本、『みんなの放射能入門』です。私も一冊貰いました。今までネット書店にも在庫がなく、本屋にも見当たらないということで紹介を自粛していましたが、もう大丈夫、アマゾンに在庫が1冊あります。さあ、どーんとレビューしますぞ。

 原発、賛成か反対かと言う前に、そもそも「放射能」とは何かということをQ&A方式でねっちりと書いたブックレットです。実はね、この本の制作の影で、私も協力していたんです、フィクサーですのう。伊藤さんの描いたイラストを、本になる前のチェックしてアドバイスをしていました。

 元のオリジナルの絵はさ、これぞポンチ絵の神様、ポンチ業界のピカソと絶賛したくなるような作品でした。でも、これではいかがなものか、刺激が強すぎるじゃないかと、私が伊藤さんに描き直しをさせたのです。

みんなの放射能入門より

 例えば、登場人物の手の長さが、右と左で違うのはなぜでしょう? 答えは、手を前後に振っているから、つまり遠近感を表現しているのです。小学生の絵のような平坦なタッチに、自己流の遠近法を組み合わせていて、近くのものは長く、遠くのものは短くといった自由な作風。絵にいきおいはある、ありすぎてビクッとする。才能とは何かと考えさせる、勉強になる一冊です。

 追伸。かわいい表紙は伊藤さんの描いたものではありません、中のイラストだけが伊藤画伯のものですので、注意してください。

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2013年4月 8日 (月曜日)

みんなのいえ「共生舎」PR〜田んぼもある、畑もある、農耕具もある、パンを焼く窯もある、ただ「人がおらんのや」〜 和歌山一週間の旅(4)

 田んぼもある、畑もある、農耕具もある、パンを焼く窯もある、ただ「人がおらんのや」でおなじみの「共生舎」のPRを頼まれていたのに、私がやったことと言えば、面川にある怖ろしい案山子を紹介しただけです。これはいけません。面川にある共生舎の素晴らしさを紹介しましょう。

共生舎

 ばーん、写真をクリックすると拡大するよ。玄関にはスチール製の机、その右側には製図台がどーんと置いてあります。おやおや、粗大ゴミの回収日はまだなのかなと思うでしょ。でもこの外に置いてある机の引き出しには、文房具がみっちりと収まっていて、製図台には過去にやったイベント「我が人生を語る会」のチラシが貼ってあります。現役で、使っちょるですよ。玄関脇には酒屋のケースが傘置きとして鎮座。夕方のニュースに出てくる、ゴミ屋敷の香りぷんぷんただよう風景ですのう。スチール机の上には、

かわいい二人組

 こんなかわいい二人組が、都会からやって来たお客さんをお出迎え。んっ、和歌山にこういうお土産あったっけ。アイヌ? じゃねえの。和歌山にないでしょ、こんなの。古民家なのに古民家らしくない。むしろ、かたつむりの会が運営している町家カフェ上屋敷二丁目のほうが本物の古民家っぽい。いかがなものでしょうか。

 「かまへん」が正解です。ええやないか、かまへん、というおおらかさが共生舎というか、代表の山本利昭(80歳)さんの魅力なのです。敬意をこめて以後、「翁」と呼ばせてもらいます。火垂るの墓よりも、火垂るな墓な人生を送ってきた苦労人です。父親は事業に失敗し、翁が小学校の上級生になったころに死亡。子供の頃の日課は肥料にするための馬糞集め。中学、高校は何年も遅れて卒業し、通信教育で教師の免許を取ったのです。

 がんばっても乗り越えられない苦労をさんざん味わい尽くした翁ゆえに、ひきこもりに対する眼差しは優しいを乗り越えて、甘ーーーいです。それゆえ共生舎には田舎暮らしの苦労というのがありません。大型テレビ、ウォシュレットトイレ、エアコン、お風呂とすべて完備しています。木造の古民家は寒い、だったら「エアコンつけたら、ええやないか」が翁流です。共生舎の悩みは、エアコンをつけすぎてブレーカーが落ちてしまうこと。私の部屋にはエアコンがないですから、うちより近代的な古民家です。

 「人の敵は人」だと言わんばかりに、競争社会で勝ち抜くことが、苦労だとか、努力だと思っている、それは間違いなのです。人は味方なんや、協力して、共に生きる、それをやるんやと、翁(80歳)が社会起業家として立ち上がったのです。もともと養護学校の校長先生であり、障害者が暮らす施設「あすなろ木守の郷」を作り上げた、実力者でもあります。共生舎も、面川と木曽に古民家を、さらに田辺市の商店街にふれあいサロンをすでに持っています。

 共育学舎と違って歴史が短く、NPO法人あまえんぼうこと共生舎は、今のところ何もないに近い状態です、しいて言えば「みんなのいえ」といった感じ。でも翁の慈悲があります、寝泊まりする場所も、田んぼも、道具もある。よかったら、訪ねてあげてください。どんな失敗をしようとも「かまへん」とゆるしてもらえる、スウィートな居場所ですよ。

↓夜の共生舎は、暗闇が粗大ゴミが隠し、古民家のいい雰囲気。

夜の共生舎

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2013年4月 3日 (水曜日)

ナリワイ・ニート・ひきこもり〜共育学舎スラムサミット〜 和歌山一週間の旅(3)

 以前、気流舎のイベントに行った時、心の師匠である鶴見済さんから、「勝山君とふぁ君は合うと思うよ」と言われました。"ふぁ君"とは、ギークハウスでお馴染みのphaさんのことです。鶴見さんが、東京新聞に『ニートの歩き方』の書評を書くために、phaさんの本を読んでいる真っ最中だったのです。会ったことはないの? 絶対気が合うよと、鶴見さんが太鼓判を押すものですから、私も「ニートの歩き方」をすぐに手に取り、読みました。なんて自分と考えが近いんだ、だるいにも意味があったのかと、いろいろ本を読んで知り、感心しました。

 もともとね、ギークハウスというのには、何年も前から注目していたんですよ、エッヘン。でも月6万円もかかるということで、挫折したのです。ピースボートとギークハウスは、主旨には異存はないが、お金がなくて参加できない桃源郷のひとつです。「phaさんには会ったことあるの?」と、いろんな人から聞かれるのですが、ニートとひきこもりが邂逅するのは難しく、今まで会ったことはありません。両者ともホームグランドが家の中ですから。

 そんなphaさんと3/7、共育学舎で初めてお会いました。この日、共育学舎を主宰している三枝さんを中心に、『ナリワイをつくる』の著者の伊藤洋志さん、ニートのphaさん、ひきこもりのわたくし勝山実、司会進行役の西川さんの5人で、トークインベントをおこなったのです。

 ひきこもり業界では知らない人も多いと思う(でも世間的には最も有名な)、「ナリワイさん」こと伊藤洋志さんについて説明しておきましょう。実は私も『ナリワイをつくる』という本が話題になっていて、うらやましいという以外、あまり情報を持っていなかったのですが、実際に会えるということでイベント直前に本を読んで予習し、当日に備えていました。

 ナリワイ生活とは、そんなんじゃ食っていけねえよ、というような仕事をたくさん集めて食っていく、小銭をかき集めて暮らすようなイメージ。しかも、そのナリワイとは時間の切り売り、金稼ぎのような無味乾燥なものではなく、自分のやりたいことで少し稼ぐ、モンゴルツアーとか、床張りとか、面白いナリワイ(仕事)をいくつも組み合わせてお金を稼いで暮らしている、ひきこもりの私から見ると立派すぎるくらいなんです。

共育学舎スラムサミット

 ばーん、当日のイベントの写真です。左のタオルを巻いているのが私です。左から、ひきこもり、ニート、ナリワイという具合に、右に近づくにつれて、社会参加度が高くなります。phaさんは体がでかく、ヒゲも生やしていて、見た目は威圧感があるのですが、話し方雰囲気ともに、やわらかニートでした。ナリワイさんは、実年齢33歳より、ずっと若く見える、とっちぁん坊や系の好青年です。初対面の人とのトークは緊張するので、日本酒を飲んでどーんと話をしましたが、飲み過ぎたせいか話した内容のほとんどを忘れてしまいました。

 それでも覚えている話がひとつあります。共育学舎スラムサミットで一番記憶に残った話、それは三枝さんが語る、乞食のコツです。乞食をするのには、何かくださいと言っていては、だめだというのです。「何か」なんて抽象的こといってちゃ、乞食は務まらない。お金が欲しいとか、食べ物が欲しいとか、何が欲しいのかはっきり言わないと乞食はつとまらんというのです。三枝さんは実際にインドがどこかで乞食をした経験がありますから、言葉にも説得力があります。

 これは乞食以外にも当てはまるんじゃないの。ひきこもり名人であるからには、物をもらったり、分けてもらったり、人にやってもらうという場面が多々あるわけです。その時に遠慮心からつい、なんでもいいから、なんてと言ってしまうと、それがあげる人にとっては困ることなんだ、ということを知りました。

 これが欲しい!! ってはっきり言ってくれれば与える側も、欲しい物を上げる、もしくは無理と断る、と返事が出来るわけです。本当に困っている時は、遠慮や卑屈は心の奥にしまって、〇〇がほしい欲しい、〇〇がして欲しいと、力振り絞って言えるようなひきこもりになろう。

 人様の迷惑にならないようにと、しつけられて育った身としては、〇〇が欲しいって、〇〇をして欲しい、なんて要求するのは、図々しくて、随分と勇気のいることなんです、涙が出てしまうくらい情けなく、辛かったりする。でも人に分けていただく者のマナーとして、人の情けにすがって生きていこうとする者として、やはりどーんと、〇〇が欲しいのでございますと言ううしかない。困った時は、遠慮しない。どうよ。

 和歌山ネタまだ続きますよー。

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2013年4月 1日 (月曜日)

お母さん、ありがとう

 近くにいても、遠くにいても、いつも見守ってくれる、「お母さん、いつもありがとう」、こんな心にもない嘘がゆるされるのが、エイプリールフールなんでしょ。

 今年から学校に行きます。正社員として就職が決まったよ。毎月家に3万円いれるから。今まで育ててくれてありがとう。うちの家族は世界一だと思ってる、などなどひきこもり・不登校業界のないないジョークを家族にぶつけてみましょう、エイプリールフールだもの。こんな嘘に引っかかっているような親では困ります、すぐ見破れるようにならないと。

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