« 2010年7月 | トップページ | 2010年9月 »

2010年8月30日 (月曜日)

NHKの受信料とベーシックインカム(一)

 皆さんベーシックインカムに興味を持っていますか。ベーシックインカムが導入されれば毎月たぶん8万円くらい支給されます。万々歳ですが、なぜか反対する人もいるのです。一番の理由が、なんで働かない穀潰しにまで、お金をやらなければいけないんだという意見です。我々のような、自由人にお金をやるのが悔しくてたまらないのです。なんて、ケチくさい野郎なんだと軽蔑していましたが、NHKの受信料のことを考えると、その気持ちもわからなくはない。

 NHKの放送は受信料を払っていようと、払ってなかろうと見ることができます。あなたも払っていないのにサッカー日本代表vsカメルーン戦を見たでしょ。見たに決まっているんです。受信料を払っている人にとってはずるいぞ、ということになりますよね。

 でもNHKに対して見たくないから電波を止めてくれという、主張は通りません。サッカーに感心がない、オリンピックも知らん、電波を止めろといってもやってもらえないのです。拒否ができないシステムです。それに見たい人だけ、お金を払った人だけしか見れないなら、それは公共放送でも何でもありません。

 なんか話がずれてきたので、続く。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2010年8月26日 (木曜日)

短所

 短所は直らないということを発見しました。自分自身、実際ずっと同じ。欠点キープオンじゃないですか。短所は直らないということを前提として、教育をおこなえばいいんじゃないかな。残暑もきびしいので、こんなつぶやきで許してください。

ハシビロコウ

| | コメント (9) | トラックバック (0)

2010年8月22日 (日曜日)

ゴミお盆

お盆
 私の部屋には常にお盆が置いてあります。何でもそこに置くのです。ゴミ屋敷のおじさん同様、私もちっともかたづけられない人間です。

 かたづけることを、きっぱり諦めました。まずは、部屋の中央にゴミお盆。さらに本棚の一ヶ所を、ゴミ本棚にする。物をとりあえず置く場所を、あらかじめ用意しておくのです。こうするでごちゃごちゃした領域を限定的なものにする。発達障害チックな性格を、こんな工夫でしのいでいるのですよ。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2010年8月19日 (木曜日)

二泊三日 甥っ子合宿 三日目 2010

 三日目。
 甥っ子の尋問から一日がスタートです。昨日、眠いと言ったくせに、寝てなかったじゃないか。夜にトイレに行ったのを、知っているんだぞ、とおじさんを責めるのです。嘘ジジイめ。松本清張の小説に出てくる刑事のような取調べです。わしは見とるぞ。社会の悪を、差別を、わしは許さんぞ、そんな気迫が感じられました。かなり憤慨しているようです。

 そこに、次男坊と、保護者である妹が、長男坊を迎えにやって来ました。今からポケモンの映画を見に行くとのこと、おじさん解放です。自由万歳。おじさんは、次男坊にマイDSを渡して、幻のポケモン、セレビィを捕まえてきなさいと命令しました。勝山家では38歳が、3歳児にこのような注文をします。当前ですよね。三人をバイバイキーンと送り出して、甥っ子合宿は終了。

 おじさんはすぐに外出、雲隠れです。その後、映画から帰ってきた甥っ子が「いない! 野球ができない!」と言ってたとか言っていなかったとか。でもそれはおじさんには関係のねえことでごぜえます。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2010年8月16日 (月曜日)

二泊三日 甥っ子合宿 二日目 2010

 小学一年生はぴちぴちしている。釣り上げたばかりの魚のように、ぴちぴち動き回っている。

 二日目。
 「よし、野球」
 という掛け声とともに公園に連れていかれました。昨日に引き続きプレイボールです。叔父さんが投げ、甥っ子が四方八方に打つ。ボールを追いかける38歳と、東京空想ドームの中を全力疾走する7歳。疲れが腰にたまるというのを初めて体験しました。

 家の中では、甥っ子マイブームのUNOです。二人でやっていてもつまらないということで、老婆ママンも誘い、三人でやることになりました。いがみ合う親子が孫をかすがいとして、一つにまとまったのです。

 「これ、どうやるの?」
 と老婆が言ったところから、おじさんに異変が、おやおや阿修羅フェイスになっていますよ。絵柄のカードを引くたびに、
 「なんなの、これ?」
 といちいちびっくりする老婆ママンに
 「何回いえば分かるんだ!」
 と甥っ子の前で禁断の注意を与えます。しかし、これしきのことで老婆がへこたれるはずもありません。その後、なんべんも、なんべんも、ルールを間違えます。そもそも老眼でカードの数字がよく見えてないことが発覚し、慈悲のおじさんもこらえかねて、 
 「めくらか!」
 と優しい言葉をかけてしまいました。教育上、大変良くないことであると反省しています。おじさんは眠い、と一方的に宣言してふて寝。甥っ子から「嘘をつくな」と糾弾されましたが、知らぬ存ぜぬを決め込んで二日目終了でございます。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2010年8月14日 (土曜日)

二泊三日 甥っ子合宿 一日目 2010

 「UNOしよう」とささやく少年の声で目を覚ましました。朝7時、甥っ子合宿の始まりです。あとで、とやんわりと断ると「普通の人なら起きている時間だ」と社会性を強調、叔父さんを無理やり起こすのです。

 ウノ、ポケモン、炎天下での野球とみっちりしごかれました。このままでは死んでしまう。叔父さんはお散歩に行くことにしました。甥っ子が何時に帰ってくるのと聞くので、5時か6時と答えると、
 「ばかなことを言うな!」
 と一喝されてしまいました。
 「5時半に帰りなさい」と命令。そのあと甥っ子は、
 「暇だ、オレは何をすればいいんだ」
 といいながら部屋の中をを転げまわっておりました。叔父さんは逃げるように家を出ました。散歩と言いながら、バイクでひとっ飛び、ファミレスでドリンクバーです。涼みながらの時間つぶし。こうやって甥っ子合宿の一日目は始まったのです。

| | コメント (7) | トラックバック (0)

2010年8月10日 (火曜日)

罪と罰とひきこもり 2

 長田百合子のような、ひきこもり悪徳商法をやり続けているような人間に、天罰がくだらないとしたら。人の手によって罰を加えなければいけないのではないか。暴力を使って商売しても何も罰せられないなんて、この世に神がいないということになる。ひきこもりをみくびるんじゃねえ、やっちまおうかと考えた時、寂聴先生の言葉が頭に浮かびました。

 「私の悪口を言った人はみんな死にました」。講演会での発言です。瀬戸内寂聴及び、寂聴先生の小説の悪口を言った人はみんな死んだそうです。88歳の言葉には重みがありますのう。とにかく長生きがしたくなりました。

| | コメント (9) | トラックバック (0)

2010年8月 7日 (土曜日)

お蔵だし 千葉県木更津

 5月に千葉に行ったときに、歩道に作品が置いてあった。まさかそんなはずはない、幻覚だと無視して通り過ぎたのですが、帰りに通ったときもやはりそこに存在していたので、車をとめてひとつひとつ写真に収めました。国会議員はハマコー、知事は森田健作という民度の低い千葉県とはいえ、これはない。でもある。南関東のチベット自治区、木更津の風景をご覧ください。画像をクリックすると拡大しますよ。

画像

たぶんピカチュウ。頭に黄色い竹槍が2本ぶち刺さっている。甥っ子には見せられない作品。

画像

四角くて痩せたドラえもん。懲罰のためか、首に鉄球がぶら下がっている。頭に突き刺さっているのは凶器ではなく、タケコプターであろう。下半身が溶けている。

画像

木更津に住む土着の神様ではなく、となりのトトロ。目がとれている。作り方が一番ザツ。ジブリに対する悪意を感じる。

画像

くまのプーさん。腹が異様に出っ張っている。怖い。

画像

アンパンマン。こんなのが歩道にあったら、みんなよそ見運転するじゃないか。木更津アートの世界は深いですなあ。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2010年8月 4日 (水曜日)

ひきこもり長篠の合戦

 長篠の戦い。甲斐の国にひきこもっていた武田勝頼が、信長を倒せば天下取れる(就職できる)と、鼻息荒く長篠城にやってきました。ひきこもり信長は設楽ヶ原に野営の陣地を作り、最新武器である鉄砲三千丁も用意して、ひきこもり武田軍を待っていた。敵信長軍は三万八千、武田軍は一万八千と数でもかなわない。普通は戦を避けるところですが、武田の勝ちゃんは、信長に決戦を挑んだのです。

 どうしてそんなことをと歴史ファンは思うでしょう、しかしひきこもり就労支援に引っかかった人なら、武田の勝ちゃんの気持ちはよく分かるはずです。学歴も職歴もない、真っ白な履歴書の持ち主が、ちょっと訓練したり、資格を取ったくらいで、不景気の世の中で就職できるはずがありません。分かりきっている。でも私に言わせれば、当事者じゃないから、自分には関係のない立場だからそう思えるのです。就労支援も受けずにずっと家にいたら、資格を取らずにずっとこのままだったらどうなるか考えたとき、100パーセント詐欺の就労支援が何か可能性があるもののように思えるのです。画像

 武田の勝ちゃんも、自軍が不利なのは十分承知していました。ひきこもりが自分の将来について心配するように、勝ちゃんも武田の将来を憂いていました。このまま甲斐の国に退却したらどうなるか。信長はますます勢力を拡大していく、一方武田家は上杉謙信とか言う自分が毘沙門天だと思い込んでいるキチガイ相手に小競り合いを続けていくだけ。両者の差はどんどん開き、最終的には滅ぼされるに違いない。長篠で信長と戦って勝つことができたのなら、武田家は天下(正社員)まで狙えるではないか。

 誰でも自分はやればできると、心の底では思っています。ダメだ、お終いだ、死ぬしかない、と言っている人でも、ホンのちょっと自分にチャンスさえあればと出来ると信じている。やる力はある、認めてもらえないだけだと。中卒、職歴なしのひきこもりでも、心の底では働ける自分を確信しているのです。ひきこもりですらそうですから、武田の頭領である勝ちゃんなら、信長ごとき、戦国最強を誇る武田の騎馬隊でやっつけられると信じても、ちっともおかしなことではありません。
画像

 信長の天下取り版「就労支援」。信長は絶対負けないよう鉄砲と堀と柵でおおわれた陣地を作ったうえで、武田軍に勝てるかもしれないよ、正社員になれるチャンスだぞと誘いの罠をしかけました。長篠の戦いは一方的に鉄砲でやられたわけではなく、7~8時間の長い戦いでした。互角のいい勝負だった……ように見せかけた信長の罠だったのです。敵わないと分かれば、武田の精鋭たちは風の如く撤退してしまう、それゆえ柵の近くで混戦にして、進むに進めず、退くに退けない状況を作り出したのです。

 まさに誘い込みの策。これに引っ懸かって、チャレンジを繰り返していると、精神的に消耗し、生きるのが嫌になってしまう。ひきこもりも就労支援なんてインチキじゃないか、と撤退しようと決心するものの、でも運がよければ就労支援をしているNPOの職員としてなら採用してもらえるかもしれない。資格をとれば何とかなるかもしれない、そのような乞食根性にとらわれて、撤退がうまくいかないのです。確かにひきこもり支援のNPOには家族経営が多い。民間企業に就職するより、支援団体にに就職したいという媚へつらう気持ちに支配されると、もう負け戦。勝負ありです。

 武田の勝ちゃんも、最初戦ってみて旗色が悪ければ、全軍撤退しようと考えていたでしょう。そこを狙われたのです。未練が残るような、もう少しがんばればなんとかなるという、誘い込みの策に破れたのです。だから風林火山が機能しなかった。誘い込みの策で就労支援などさせられて、心身ともに傷つき自信を失ったことでしょう。こんなバカなことに引っかかった悔しさ。多くの人が消耗させられ、就労支援のせいでひきこもりノイローゼになったと聞いております。

 厚生労働省の調査研究班(齊藤万比呂)によると、ひきこもりには統合失調症が含まれてるいる可能性が高いというひきこもりガイドライン指標を発表した。原則的には精神病じゃないけど、精神病の可能性が高いぞという、日本語としてどうなのかという定義を発表した。しかしこれの元になっている「もっとも信頼の高い調査」というのが恣意的に全国から場所を選んで、そこからあとはランダムに人を選ぶという、統計学の落とし穴に落ちたのか、騙そうとしてわざと間違えているのか、とにかくめちゃくちゃな調査です。これを基にに日本のひきこもり支援をどうしていくかを考えていこうというのだから、ひどい。今すぐ止めるべきだ。国が支援してくれるのだから、ちゃんとした支援が受けられるかもなどと期待せず、堂々と自室に引き上げればよい、私はそのことを歴史から学びました。

画像

 

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2010年8月 1日 (日曜日)

富士山V3

 富士山登頂V3を達成です。3回目にして雲海から登るご来光を見ることが出来ました。これぞ、完全版。小さいですが影富士も見れました。噴火口をぐるっと一周するお鉢巡りもし、日本最高峰の剣ヶ峰も制覇。御鉢巡りは結構アップダウンがあってかなり体力を消耗する。おかげで下山はバイオハザードのゾンビ状態。体力ぎりぎりで五合目までたどり着きました。

画像

 虚弱で運動不足で家の中でごろころしていても富士山は登れるという証明。働かない、学校にも行かない、でもこういう非日常的なところには喜んでいく。そこがひきこもりのひきこもりたるゆえんですよ。

 富士山の近代化、ほとんどの場所で携帯電話のアンテナが3本立つんですよ。自分の部屋よりも、富士山の頂上の方が感度良好なのです。多くの人が「頂上なう」とツイッターつぶやいていたに違いありません。もちろん私もその一人でした。とりあえずの、富士登山ご報告。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

« 2010年7月 | トップページ | 2010年9月 »