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2008年10月31日 (金曜日)

31年

 ダディーが31歳の時にボクが生まれて、ボクが31歳の時に甥っ子が誕生した。だからボクは甥っ子を通じて、かつてのダディーのポジションを想像することができる。甥っ子と実の子という違いはあるが、血統的にも近いし、だいたい同じだと思う。

 ボクは親が悪いと思っている、その反省をふまえたうえで甥っ子と接している。「おいっこカレンダー」の出版はもう決定ずみです。その本の中に、全部叔父さんが悪いと書かれないよう、よい叔父さんになろうと思って、いろいろがんばっています。Hikikomori2_3

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2008年10月29日 (水曜日)

ひきこもり小鉢

 小さく長く続けるのがいい。小さいことをしくじってもダメージが少ない。やるなら誰も見てないような小さな場所で、こじんまりとトークするのがいい。すべってもダメージがほとんどない。寒い思いも最小ですむ。

 君は、やれば必ず失敗する。どうせダメだろうと思ってやったことが、やっぱりダメだった時、それは君の勝利だ。ダメージが少ない、失うものがない。しかし、もしからしたら、1パーセントくらいうまくいくんじゃないかと、心のどこかで思っていたのならば、それは君の敗北だ。

 おちょこになれ、小鉢になれ、ひきこもりの器よ小さくなーれ。ようは内面の問題さ、心の持ちようさ。ひきこもりを外から成長させることはできない。ひきこもりは内側から成長する。Photo

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2008年10月27日 (月曜日)

ひきこもりの誕生 THE ORIGIN

 学校に行かない、働かない、家から出ない。それだけでは、ひきこもりにはなれません。そんな状態を親に罵られて初めて、ひきこもりの誕生です。親が学校に行かなくてもいいとか、無理して働かなくてもいいというような考えを持っていたら、それはひきこもりではありません。ひきこもりというのは親子のコラボレーションです、ドロンジョ様やボヤッキーのいないヤッターマンが存在できないのと同じ原理です。誰のおかげで生きていけるんだという恩着せがましい罵声と、うるせーという内弁慶の怒声が、家の中に響きわたる、それがひきこもりの起原です。社会的ひきこもり、ようは社会問題なのです。個人がどうこうという問題ではない。最低でも親子でコンビを組んでから、こじれていくのです。

 こじれるとは、罵詈罵倒がひどくなることです。結局はそれしかありません。親は自分の老後に対する不安とすねかじりに対する恨みで一日をすごします。ひきこもりは部屋にこもり、芥川賞を目指して小説を書くようになります。何も見えない何も聞えない状態ですね、悪い意味でのひきこもり文学道に入り込みます、例外はありません。こじれてしまえば、こんな悪夢のような状態が、かるく十年は続きます。

 ひきこもりの問題とは、このひきこもり前編と呼ばれる無益な状態をいかに短くするかという一点に尽きると思います。ひきこもり息子が働くことに妄執する親と、小説がベストセラーになる夢想にふける本人、両者の大きなへだたり、それに突っ込みを入れてくれる人もいません。親子でボケてしまっているのです。働くはずもない、小説家になれるはずもない、「諦め」という共通の着地点が見えたところで、しぶしぶ休戦状態になります。北朝鮮と韓国のように。

 昨今ひきこもり親子の軍事境界線を、「就労!就労!」と大声を上げながらうろつきまわる連中が多々見受けられます。ひきこもり戦中派として、これを見逃してよいのでしょうか。以前からこういう空気の読めない連中はいましたが、それはレンタルお姉さんのようなキチガイに限られたものでした。両国の味方のふりをしながら、実は戦争を煽っている。いかがなものでしょうか。国連の平和軍気取りですが、イラクやアフガニスタンに侵攻したアメリカ軍と同じ臭いがぷんぷんします。即お引きとり願いたい、わたくしはそう申し上げたいのです。Photo

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2008年10月25日 (土曜日)

へヴィメタル賛歌

 誰がヘヴィメタルを、ヘヴィメタルと名づけたのだろうか。このジャンルの音楽がいつからヘヴィメタルと名づけられたのかは知らない。ヘビメタだ。デーモン閣下だ。ヘビメタがヘビメタでなかったら、この音楽ジャンルもここまで廃れることはなかっただろう。エクストリーム、モトリークルーといった、かつての名バンドが復活している。盛り返して欲しいな。Motleycrue

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2008年10月23日 (木曜日)

子供の絵からみる心理

 もし、自分に子供がいたらと思って、想像してみてください。子供が運動会の絵を描いたのですが、黒色の運動場に、黒色の本人、黒いお母さんに、黒いお父さんといったようなものが出来上がりました。いかがなものでしょうか。

 ボクの甥っ子の絵のことなんですけどね。我が家では、このような絵を描く甥っ子を「雪舟」と呼んでおります。2ちゃんねる的な表現を使うなら、水墨画キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!です。クレヨンと色鉛筆ではだめ、墨と硯がないとこの子の才能は発揮できない、そう思い込むことにしています。

 甥っ子の黒い絵に、子供の心の奥に隠されたメッセージがあるのでは? とちょっと不安にもなる。精神科医が見たら、病名をつけてしまいそうだなあと心配し、いろんな色を使うよう、甥っ子にカラフルな色鉛筆を強要して、嫌がられたこともある。以前に勝山叔父さんの似顔絵を描いてもらったことがあるのですが、髪の毛が四本しかありませんでした。これはメッセージなのでしょうか。Totoro

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2008年10月20日 (月曜日)

追伸・瀬戸内寂聴のケータイ小説「あしたの虹」

 瀬戸内寂聴のケータイ小説でのペンネーム、“ぱーぷる”についてボクは大きな勘違いをしていました。ぱーぷるという言葉の響きがかわいいからという理由で選んだのだと思っていましたが、源氏物語の作者「紫式部」の紫の部分を英語にするという、ダジャレであると、職業訓練中にハッと気がつきました。ダジャレGメンとしては悔しくてなりません。目の前で堂々と万引きしているのに気づかずに見逃してしまった気分です。今頃、ぺろりと舌を出し、エッヘッヘッと笑っているに違いありません。

 主人公ユーリの恋人の名前も、光源氏のダジャレで「ヒカル」です。つまり寂聴自身が紫式部で、ケータイ小説が現代版・源氏物語というわけです。チクショー。この肉食狂尼をどうすればいいのでしょうか。

Jakucho

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2008年10月18日 (土曜日)

ひきこもり千利休

 茶道を見てもぴんとこない。芸術なのか、日本文化なのかよく分からなかったが、思い当たるものを見つけました。さびれたひきこもり当事者の会や、家族の集まりです。事件などありひきこもりが社会問題として脚光を浴びたのが8年くらい前、全国にひきこもりに関する集まりができました。そして現在ひきこもり及び、ひきこもり関連のグループがどうなっているかというと、千利休になっているのです。茶道のようなわびさびの良さを確かめ合う、渋い集まりになっているのです。

 ワーキングプアとか、ニートとか、ひきこもりに近いものは盛り上がっていますが、ひきこもり自体は利休です、わびさびです。どこのひきこもりサークルもいい意味で、利休が入っています。茶室の変わりがファミリーレストラン、茶器のながめる代わりに、ファミレスのメニューをながめ、雑談をする。若い女性の人数をできるかぎり削ぎ落とし、ひきこもり中年男子を中心とした緊張感のある茶会であります。

 道。茶道にしろ、ひきこもり道にしろ、極めてくるとわびさびの世界に近づくに決まっています。わびさびこそ、真の美しさ豊かさなのです。それが分からんのですよ、豊臣秀吉及び世間の連中には。

 わびさびが、きき過ぎている。侘びしい、寂しい、こんな寒い集まりはこりごりだと、もしかしたらひきこもりサークルの解散を考えているかもしれません。いかがなものでしょうか。ひきこもり道にとって、今は耐える時期だと思います。ひきこもりの集まりを継続するということは、ひきこもりの心を伝える文化遺産を守ることです。心洗われるわびの世界、堪能しようじゃありませんか。Rikyu

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2008年10月14日 (火曜日)

一から始めるひきこもり

 ひきこもり始めたばかりのルーキーでは、ひきこもり資産は当然乏しいはず。それでもボクは資産運用は若いうちから始めるべきだと思います。ひきこもり年金の積立くらいの気持ちで、ひきこもり経験を語ってもらいたいのです。

 コミュニケーション能力だとか自分に自信を持つこと、成功体験とか、そんなものいらないですよ。自分が大切に思っていることを話すことだけが、ひきこもりに必要なことです。じっくり時間をかけて、ひっそりと語ればいいじゃないか。

 ひきこもりの孤独というのは、自分を理解してくれる人が一人もいない状態のことでしょ。周りには人が一杯いるのに、まるで足りない。友達も親類も、全然足りてない状態。いつも一方通行の、ひきこもりトーク。でも同じように、ほろ苦い思いをしている人が100万人いる。理解してくれる人がいないのではなく、見えないんだ。みんな立派な良いとこだけを話そうとするから。

 ひきこもりに工夫も、将来のための努力もいらない。わがままで、怠けていて、一円の価値もない、そんな自分の大切な気持ちを静かに語り続けることが、ひきこもりが唯一やることなんです。1_2

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2008年10月12日 (日曜日)

ひきこもりブッダのことば

 「働く」とか「もてる」とか、自分の力ではどうにもならない問題については、あまり考えないほうがいい。Img069_3

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2008年10月 9日 (木曜日)

千の風になって ひきこもり編

 もう甥っ子とコンビを組んで、五年になります。最近は人見知りのせいか、遊びに来るたびに小芝居が一回入るようになりました。甥っ子が「今日は叔父さんとは遊ばない」と言うのです。しかたなく「ほわちゃ」と甥っ子の横腹に地獄突きをくらわします。身をよじって嫌がり、逃げる甥っ子に、ブルー・スリー仕込みのカンフーチョップを続けざまにおみまいします。「嫌だー」「来ないで!」と逃げ回っているのですが、やがて甥っ子がぴたりと足をとめて小芝居は終了。電車ごっこの始まりです。

 宅急便ごっこ、本屋ごっこ、火災報知機点検ごっことみっちりと甥っ子の空想世界につき合わされます。甥っ子は自分の好きなことだけをやっているので疲れません。叔父さんは疲れますから、早めに甥っ子にゲームをしようと提案することにしています。初代ファミコン、ボードゲーム、百人一首、トランプなど。やはりゲームに限りますなあ。体力的に楽です。

 子供は大人の真似をしたがる。叔父さんは甥っ子にゲームのルールを説明するのですが、それを聞いた甥っ子は「ゲームの説明がしたい」と思うようになります。その思いは叔父さんに向けられ、全く理解できない甥っ子の空想ルールを聞かされる羽目になります。そして甥っ子ルールによる全く意味の分からない、トランプゲームをさせられます。

 でも数ヶ月前から、トランプのルールが分かるようになってくれました。ただ、ババ抜きでジョーカーを引くたびに、悔しがって泣くのです。負けようものなら、「叔父さんのバカ野郎」と言って号泣して怒るものですから、困ると同時に面白くて、いつも泣かしてやります。こんなことを延々とやり続けて、最終的には眠くなった甥っ子がグズって終了になるのですが、まれに機嫌よく最後まで行く時があります。

 「早く、急いで!」と、和室の真ん中に叔父さんを四つんばいにさせます。その上に甥っ子が乗り、新体操の着地のポーズをとります。すごい、すごいとみんなに褒められたところで、今度はおもちゃのマイクを持ってきて、四つんばいになったままの叔父さんの上に乗り「私の~お墓の前で~♪ 泣かないでください~♪」と歌い上げます。みんな大爆笑です。四つんばいでステージの役をこなす叔父さん込みで大爆笑です。5歳の子供がこの歌をうたうと、すべり知らずですね。甥っ子はリサイタルを終え、気持ちよく家に帰ってゆくのです。

 甥っ子が帰った後、相手をしていた叔父さんは死んだように眠ります。好きなことをしている人間は疲れない、怖ろしいことです。Photo

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2008年10月 7日 (火曜日)

俺たちのひきこもり経験談

 家事手伝いを本業としているひきこもり中年男子ですら、一時的に外に出て働けた時のことをひきこもり経験談として話してしまうことがあります。例えば、きっちりやることの決まっているマニュアル仕事のほうが気が楽でアルバイトが長続きしただとか、大きな会社よりも小さく家族的な雰囲気の会社のほうが働きやすいだとか、そんな話をみんなの前でしてしまうことがあります。

 これはひきこもり経験談なのでしょうか。ひきこもり人生において、就労とは全体の割合からいうと1%でしかありません。なぜこの1%を主題に、ひきこもり経験を語ってしまうのでしょうか。俺たちのひきこもりライフを、99%の部分をメインとして、語るのが正しいやりかたではないでしょうか。

 野茂英雄が日本のプロ野球を辞めて、アメリカメジャーリーグに挑戦しました。その模様をBS衛星放送でご覧になった人も多いことでしょう。時差の関係で平日の午前中に生放送される、本場のベースボール。これこそ、安心ひきこもりライフに対する最大の援護射撃です。ひきこもり戦中派である、ひきこもり中年男子なら野茂の偉業に敬意を表することに、異を唱えるものなどいないはずです。笑っていいともが始まるまでの、平日午前の「テレビ暗黒タイム」に光を与えてくれた、あの喜びを忘れてはいけません。戦争体験を子供たちに伝えていくように、この貴重なひきこもり経験は語り継がれるべきものです。

 野茂のメジャー挑戦こそが、正しいひきこもり支援だと語ることが、ひきこもり経験談ではないでしょうか。イチローや松井こそ、俺たちのレンタルお兄さんではないでしょうか。語りつくせない、ひきこもり経験。こんなもんじゃない、これは一例でしかありません。もっともっとひきこもり資産運用が必要なのです。Nomo

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2008年10月 3日 (金曜日)

瀬戸内寂聴のケータイ小説「あしたの虹」

 生臭いお坊さん、瀬戸内寂聴が匿名でケータイ小説を書いたというニュースは皆さんも知っていると思います。無視していたのですが、ネットサーフィンをしていたところ、発見してしまいました。これも定めなのかもしれません。 

 ペンネームは「ぱーぷる」です。いかがなものでしょうか。ボクは一発でやられてしまいました。悔しいですが、数ある日本語から「ぱーぷる」を選び出す、悪のセンスに負けてしまいました。ちょっとだけ読んでみましょう。

 「あしたの虹」、86歳の尼であり小説家、ぱーぷるが書いた、初のケータイ小説です。女子高校生のユーリが主人公。文章からは、セーラー服を着た瀬戸内寂聴しか想像できないのですが…。以下、明日の虹からの引用です。

>うちでは母をママンと呼ぶけれど、父は「おとうさん」と呼ぶ。

 あなたはこんな設定について行けますか。ケータイ小説の等身大のリアリティなんて、この一行で木っ端微塵です。ユーリは、トオルという男とつき合うのですが、すぐに別れてしまいます。トオルはというと、

>おじさんの一座と沖縄へ渡ったとかいう噂だ

 ケータイ小説に旅芸人。いかがなものか。ユーリは両親の離婚などの寂しさから、数々の男と関係を持ってしまう。自分をシカトするグループのミドリの、彼を寝とり、

>胸がすっとした
>ザマアみろ!

 と気焔をはく。女子高生ってこんな感じなの? 読みどころは、著者ぱーぷるのプロフィールの中にもあります。

>【好きな食べ物】
>お肉(特にウシ)

 仏教の教えを根本からくつがえす、殺生礼讃です。尼なのに、好物は肉、特にウシ!って思っていても、言っちゃだめ。女子高生ユーリはこの後、「老舗のうなぎ屋」でアルバイトを始めますが、ボクはここでギブアップ。最期まで読む力がありません。もし全部読んだ人がいたら、あらすじと名セリフを教えてください。Photo_3 Photo_2

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2008年10月 1日 (水曜日)

ひきこもり型就労中毒

 働いて安心感を得るよりも、人生の99%を締める、ひきこもり生活で安心感を得る方法を考えたほうが遥かに現実的です。無職の自分を鞭で打ち据え、就労している自分にのみ飴を与える。自作自演の天国と地獄。働いて給料を貰うということに余りにも、とらわれてすぎです。

 ひきこもり中年男子なら、無職になったからって不安になる必要などありません。失うものがないのですから。自分の会社が潰れたわけでもない、時給千円にもならない、もともとやりたくなかった仕事を失っただけのこと。なのに、シャブ中が覚醒剤を求めるように、もっと仕事を、もっと強いのをくれと、禁断症状を起こす。過労死とは逆方向の、働くことでしか安心を得ることのできないなんて、ひきこもりタイプの就労シャブ中毒です。

 就労シャブ中毒になると、働いている時も、仕事についていけなくなったことの考えて不安になる。就労覚醒剤が効かなくなって来るのです。とにかくもっと強い就労シャブをくれ、単純労働、日雇い、違法派遣、低賃金、やりがいのない仕事に手を出す。就労麻薬。そんな劣悪勤務体制の麻薬仕事が続くわけもなく、辞める、そして絶望する。こんな繰り返し。

 クリーンでナチュラルなひきこもりになりましょう。ひきこもっている時間をどれだけ安心して過ごすか。今現在のひきこもり時間を、自分なりに安心して、どう過ごすかが一番の問題なんです。仕事を見つけるための恐怖時間でしかない今の状況を変えなければいけない。就労していないことは怖ろしいという、凝り固まった偏見を取り除くことが、ひきこもり中年男子がひきこもり後編を生きるに当たり、まず心がけることでしょう。Photo

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