« 2008年3月 | トップページ | 2008年5月 »

2008年4月30日 (水曜日)

未来を買う

 借金をするということが、未来の物を買うという意味ではないというのはわかる。家をローンで買う。でも、実際は買えてないんだよね。借金払い終わるまでは、自分の物になってないんだ。マイホームとは名ばかりで、賃貸もしくは差し押さえ物件のようなものなんだ。利息がどーんと付く分、割高とも言えるからだ。マイホームという言葉は割高な賃貸住宅を借りさせるための詭弁なんじゃないかと思う。ローンを払い終われば自分のものというが、その頃は購入者は老人だろう。あと建物、コンクリートには寿命があるから、自分の物に成った時には価値のない、建て替える必要のある減価償却済みのものになっているはず。

 借金・ローンで何を手に入れるのだろう。物と引き換えに、自分の未来の自由を売っているとしか思えないのです。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年4月29日 (火曜日)

誰も注目していない

 ひきこもっていると、世間の人が自分の無職ぶりを嘲笑しているような気分になる。恥ずかしい、お天道様に背を向けて歩く日陰者のように、人目を避けて行動するようになる。

 でも、実は誰もオレになど注目していなかったんだよ。ひきこもりにかまっている暇なんかなかったんだよ。そりゃ、近所で一、二回くらいは話題にはなっただろう、でもそれだけ。こそこそしても、どうどうとしても同じこと、誰もオレの行動などに関心はなかったのだ。もっとほかに注目すべきことがいくらでもあるんだ。

 両親だけなんだよ、オレに関心があるのは。働かないなんて、恥ずかしい、みっともない、と絶えず騒いでいるのは世界に二人だけ、親だけなんだ。そこは世界に中心でもなんでもない、狭い家の中。世間は近所のひきこもり等に代表されるような、アウトローな脱落者にちっとも関心がないのです。そのことに最近気づきました、こんなに皆がオレに対して無関心だったとは…。人目を避けるように忍者の如く外出していた、この15年間はなんだったのだろうか。Ninja

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2008年4月25日 (金曜日)

忙しいとは、情けないぞ

 忙しいと感じたなら休みなさい。それが出来ない人は、人間の器が小さいのです。忙しいという言葉を口にするようになったら注意が必要。

 忙しいとは、優しい心がない状態です。もてない男子から優しさを取ったら何が残るのでしょうか。否なにも残りはしない。いつも暇を持て余しているような、そんな素敵な大人になれい。以上、本日のむんむん語録でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月24日 (木曜日)

脳の開封後の賞味期限

 中学生時代に頭が良いと傲慢になる。この法則に、身に覚えがないだろうか。ボクは自分で自分のことを賢いと思っているのですよ。でもボクが勉強ができ、学校の成績が良かったのは中学の三年間だけなんです。一生のうちのたった三年間のテストの点の結果をもって、我才ありと自負しているのです、心の奥底でね。

 三つ子の魂百までということわざがあるじゃないですか。近い意味で、中学三年間の学力魂百までと言えるのではないでしょうか。中学時代に勉強が出来た奴は死ぬまで秀才気取りが抜けない気がする。オレは勉強しない、馬鹿が勉強をすればよいのだと考える。当然伸び悩む。

 高校生の途中から頭が良くなった人たちは、たいがい学問に対して謙虚である。話を聞くと、自分は頭が悪いと思っているのですよ。ボクに言わせれば頭が悪いのではなく、頭を使わずに中学の三年間を過ごしただけ。ほぼ未使用の新品の脳を持って高校に進学したような人達です。スポーツマンであったり不良であったり、なまけものであったゆえに、脳を使わなかった人達です。脳を使いさえすれば人並みに勉強が出来るようになるのです。でも心の奥底に勉強は得意ではないという考えが染みついていて、ボクから見るとこういう人はとても謙虚に見えます。確かに信じられないくらい低い偏差値の高校に進学しているのですが、その後の巻き返し、大学入学や留学・資格など学問に対する向上心たるや、腐れ中学秀才どもとは比較になりません。

 ボクはこの件に対しては結論が出ています。中学の三年間は脳をあまり使うべきでない、と。ここじゃないんだ、ここで脳を使うとのちのち苦労する。学校勉強用の記憶脳の寿命は3年間です。それ以上を使うと勉強しても、頭に入ってこない、集中できない、やる気がしないという状態となります。もったいないと思いませんか。人は結局のところ3年間しか勉強できないのですよ。その3年間の中に大学入試の時期が含まれているかが、今の日本の制度だと重要になってくるのです。脳を開封してから3年以内に大学に合格する、それが理想じゃないでしょうか。大学入学後勉強する気がなくなるのは当たり前です。賞味期限切れですから。どうしたって能率が上がりません。

 まさかとは思いますが、まだ脳を開封されていない方はいませんよね。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年4月23日 (水曜日)

空想締め切り

 毎日ブログを書くのは、空想締め切りに追われているからです。売れっ子ですから、原稿の注文が途絶えないのです。そんな空想締め切りをかかえたブロガーが世の中にはたくさんいるようです。素晴らしいことでは、ありませんか。

 もし、更新しなくなった、開店休業状態の自分のブログがあるなら、空想締め切り間近であることを思い出し、すぐ再開してください。それがブログを書く一番の原動力なのですから。

 最近仕事が忙しく、マンネリ気味なので更新をやめます、とブログに泣き言を書く人がいます。いかがなものか。空想締め切りも守れないような人が、立派に物事をやり遂げ、革新的な仕事をすると思えません。ひきこもって、ネタ作りに精進するべきなのではないでしょうか。私はそのことが申したかったのです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月21日 (月曜日)

ひきこもりとケチ

 良いひきこもりは、もれなくケチケチ王子であります。ハンカチだとかハニカミだとかそんな王子はどうでもよいのです。もっともてなくなるくらい、付き合いが悪く友達がいなくなるくらい、ケチにならなければひきこもりとしては未熟すぎる。小銭をかわいがり、硬貨に頬ずりしたくなってこそ、正しいひきこもりです。

 普通の価格にゼロを一つ足したのをひきこもり価格と言います。105円の古本も、ひきこもり価格におなすと1050円です。円の代わりにペリカを用いてもかまいません。これが、まともなひきこもりの金銭感覚です。これを貧乏くさいと思う人は、精神が病んでいるのです、相手にする必要はありません。

 お金を使うというのは、残りの寿命を手放すのと同じ行為です。命を大切にするのなら、わずかなお金でも大事にしましょう。ぽたりぽたりとお金をため、それが消えてなくならぬよう、ケチケチ王子に徹するのです。お金を使うならば、一ヶ月は考えないといけません。一ヶ月考え抜いてどうしても必要なら、お金を使うべきです。命もお金も死後の世界まで持っていけません、両方が同時になくなるような工夫が大切です。

 一ヶ月考えると言いましたがこれは千円以下の買い物の場合です。それ以上の場合、例えば旅行にいくとなれば2~3万円はかかります。こんな巨額のお金を使うならば一年は考えなければなりません。最近ゴールデンウィークどこに行きたいか、という話をひきこもり作業所の人たちとします。もちろん今年のGWのことではありません、2009年のゴールデンウィークの話です。まあ、こんなことは良いひきこもりの人にとっては当たり前ですよね。

 ひきこもりの外出は、小学生の遠足と同じです。一大行事です。練りに練った計画と、この日の為に用意したトークがあるはず。泣き寝入りで溜め込んだ愚痴も、熟成され笑い話にまでに昇華されています。ボクは二月に沖縄に旅行に行ってきました。当然、吟味された旅のスケジュールと朝まで生トークネタを用意し、完璧な状態。一年間ぽたりぽたりとお金をため続けた思いが、この旅行を絶対成功させなければならないという決意になります。ガイドブックに載っていない反戦色のつよい洞窟に行き、ひめゆり隊の人の話を最初から最期まで聞き、高速道路を飛ばして一番人気の沖縄そばの店に行き、その店が今日の分のスープがなくなったというなめた理由で店じまいしていることに憤慨し、二番目に人気のある沖縄そば店に車を飛ばす、それからそれからとタイトな日程をこなす。ただ何となく出かけて、特に面白いこともなかった、ではすまんのですよ。

 良くひきこもるには、ケチケチすることさ。ひきこもり価格の遵守し、お金をぽたりぽたりと貯める。 外出する時に、己の全てを出し切るのだ。Perika10000

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008年4月20日 (日曜日)

やれば出来る

 やれば出来る、と言われなくなったのはいつからでしょうか。でも18歳位までは皆に、やれば出来ると言われて育ちました。両親も数年前まではやれば出来る子、働ける子と思い込むよう努力していたふしがあります。が、もうそんな祈りはどこへやら、遥か遠く、涙と一緒に。

 やれば出来る、…高校中退する時に、教頭先生に言われたセリフもそうでした。今となっては何も出来ない、無能の人になったのですが、やはり心の奥底ではそれを認めない自分がいます。ボクが宗教やマルチ商法に引っかからないのも、オレはやれば出来る子なんだという自負心が、虚栄心がいい方向に働いているせいだと思うのです。宗教に頼らなくても、いかがわしい商売に手を出さなくても、自分の力でやっていける、なぜならオレはやれば出来る子だから、と。

 まあ、結局何もやらずできずに36年、鳴かず、飛ばず、働かずです。全国の元・やれば出来る子に幸あれい。Yareba

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月19日 (土曜日)

良いひきこもりと悪いひきこもり

 ちゃんと、ひきこもりたい。ひきこもりピラミッドという神殿をを一段一段、踏みしめながら昇りつつ、その思うのさ。では、ちゃんとひきこもるとはどういうことなのか。良いひきこもりと悪いひきこもりの判断基準はどこにあるのかを検証してみたい。

 良いひきこもりは、就職活動をしません。常識ですね。出来もしないことはしないのです。悪いひきこもりは今の状態を抜け出し、働くことばかり考えています。毎週、いい仕事はないかとアルバイト情報誌ばかり読む。ここで言ういい仕事とは、楽で給料が高く誰にでも出来るようなアルバイトのこと。本気でそのような仕事がないかと探しているのですよ。でも幸福の青い鳥は意外と身近にいるものです。悪いひきこもりが捜し求めているいい仕事というのは、良いひきこもりのことです。そのことに気づかず、働かずにゲームばかりしている連中を見下し、俺は違うぞとアルバイト雑誌を読み、安心して眠るという生活を繰り返しているのです。いかがなものか。

 働かなければいいじゃない。ちゃんと、ひきこもっちゃいなよ。君はどうだ、悪いひきこもりになってはいないか。それが毎週フロム・エーの欄外の投稿欄を読むだけで、ちっとも働かなかった、ボクが言えるたった一つの忠告。(続く、かも)Jujika

| | コメント (4) | トラックバック (0)

矛盾

 子供が最初に味わう矛盾は、仲の悪い両親が結婚して一緒の家に暮らしているという現実だ。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2008年4月18日 (金曜日)

新学期は全部チャラにするチャンス

 進学を期に、暗黒人生をチャラにしてやり直そう。そう考える人が多い。桜が咲く季節になると、アムウェイを始めたり、創価学会に折伏されてしまう人がいる。ひきこもりにとっては勧誘の春と言ってもいい。ようは舐められているんだ。

 勧誘されるたびに、オレは馬鹿だと思われているんだなと、簡単に説得できる人間だと思われているのだなと、考えるだけで腹が立つ。落ちぶれたとはいえ、全ての大学に不合格だったとはいえ、嗚呼…過去は語るまいとそっと心の中で涙する、かつての優等生の気持ちなどマルチ商法まがいに引っかかる連中には分かるまいよ。勧誘に静かに憤慨するひきこもりの春。

 宗教に勧誘される時も相手は、こちらが不幸のどん底にいるという前提で話をしてくるのが小癪じゃないか。悔しい。お互い様じゃないか。宗教に入ってお前がもてるようになったって話は聞かないぞ。相変わらず貧乏じゃないか。そもそもお前とそんなに仲良くなかったよな。お前オレより友達少なかったよな。いやいや、それは語るまい。そんな思いはそっと胸に秘めよう。信仰っていうのは自分の心配よりも、他人のことを心配することに生きがいを見出すことなんだなと、ただそのことを思う。

 新学期は全部チャラにするチャンスとばかりに、自分を含めた寒い連中が人生の逆転を賭けて不穏な動きをする。注意、注意。始まりの春。そして、挫折の夏が来る。991tetsugaku

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2008年4月16日 (水曜日)

Myキャッチフレーズ

 自分が本当にしたいことは何なのか、と考えてもなかなか頭に思い浮かばない。それでは勉強にも仕事にも、ひきこもりにも身が入らないはずだ。自分自身にキャッチフレーズをつけてみなよ。

 売れた超一流芸能人は、必ずデビュー時にいかしたキャッチフレーズがついている。エロ・テロリストことインリン・オブ・ジョイトイ。これ以外はないという名キャッチフレーズ。和製モンローこと井上和香。埼玉のサザンこと大事MANブラザーズバンドなど上げれば切れない。

 キャッチフレーズが、そのタレントの印象を決める。君もみんなからこう思われたい、自分はこういう人間なんだと、他人に分かって貰いたいのなら、自分で自分自身にキャッチフレーズをつけることだ。

 鳴かず、飛ばず、働かず。ひきこもり名人、勝山実。こんな感じでいい、キャッチコピーを考えて自分につけてみよう。自分がこれからどう生きたいのか、自分が目指している未来が何なのか、はっきりする。ある意味、自分発見だ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年4月15日 (火曜日)

受験よ、なくなれ

 少子化が進めば、よっぽど高望みしない限り、だいたい行きたい学校に進学できるはず。受験がなくなる。幸福への道、理想の世界に一歩近づく。

 受験戦争というポンチ争いに敗れて、すべり止めという名の行きたくもない男子高校に通わされる被害者がいなくなる。少子化が進み、生徒が減って、受験争いが無くなることを望みます。

 隣の家よりいい学校に通わせたいという、親の見栄で子供に受験競争をさせるような人がいたら、ひっぱたいてやりましょう。バカなことをやめろと、怒鳴りつけてやりましょう。それが、どこの大学にもいけなかった、オレからのたった一つのメッセージ。不合格

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年4月13日 (日曜日)

ひきこもりピラミッド

ひきこもりピラミッド  ひきこもりをレベルアップさせていくとどうなるのか。それを知るには、ひきこもりピラミッドを見てもらうのが一番だと思う(図をクリックすると拡大します)。

 底辺にドロップ・インを試みるひきこもり。その上に廃人。その上に名人。頂点にお釈迦様が君臨する。もう常識ですよね。

 ひきこもりピラミッドの底を突き破ることばかり考えているとこの偉大な世界遺産の存在に案外気づかない人もいるのかも知れない。哀しい人達です。ひきこもりが長引くことは良いことに決まっています。それを皆に知らせてあげましょう。

 ひきこもりの悪いイメージはピラミッドの三段目と四段目を行ったり来たりしている人が多いからでしょう。ひきこもりが進化して病人になり、さらに廃人になります。ボクもそうでした。完全な屍でした。存在自体が日本国憲法で認められないような、健康も文化もない生き物でした。

 だからこそ国の保護の対象となるのです。福祉に支えられた安心ひきこもりライフ。ひきこもり名人の誕生です。ひきこもりの未来は、ホームレスではない。ちゃんとひきこもると、どうしてもこうなります。

 中途半端が苦しみを増す。ひきこもれば、いいじゃない。廃人から一念発起して社会復帰を試みて、失敗そして病人、病気を治して、チャレンジ、そしてリストカットみたいにピラミッドの底辺を行ったり来たりして、いっこうに心が定まる気配がない。仕事や学校のことを考える前に心の場所、自分の立ち位置を決めるべきです。

 人生というレールから脱線してしまった人間が、元のレールに戻ろうとする。ドロップ・アウトした人間が、必死にドロップ・インを試みる。いかがなものか。そこにどんなピラミッドがあるか想像したことがあるだろうか。世間ピラミッドがどのようなカースト制度で成り立っているか、考えたことがあるのか。自分にとって今の世の中は、命懸けで入り込んでいく価値があるのだろうか。

 涅槃と書いて、ねはんと読む。さすがに格が違うという感じがするが、ここにこそ俺たちひきこもりの未来がある。ばかーん、と突き進もう。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年4月12日 (土曜日)

世界でたった一冊の本

 ブログなら、たった一冊から本に出来る。本と言っても書店にに並ぶわけではなく、本の形に印刷されるだけです。180ページで、2611円でした。電子データを、消えることのない紙にバックアップするという保険の意味も含めれば手頃な値段じゃないでしょうか。

 こういうブログ製本サービスがあれば、マイ作家マイ読者という自己完結が最高の形で完成する。今回はMyBooks.jpというところのサービスを利用した。ココログにも製本サービスはあるのだが支払い方法がiREGiという特殊な方法のみなので断念した。MyBooks.jpならいろいろな支払い方法がある上、後払いでよいので安心だ。自費出版=詐欺というご時勢です、後払いは製本業者としての義務だと思う。

 注意点として、本は140~200ページくらいに収まるようにする必要がある。それ以下だと背表紙にタイトルが印刷できなくなり、それ以上だと製本がホチキス補強され本が開きにくくなるという。あと、半角英数字は縦書きにするとデザインが崩れててしまうので全角に直した方がいい。

 でも、そんな欠点もものともしない、いかしたサービス。自己満足こそ、幸せへの最大の本とその中身架け橋じゃないだろうか。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年4月10日 (木曜日)

ひきこもりと可愛らしさ

 ニートの可愛いところは、働かない言い訳をするところだ。働きたいけど働けない、のような体をなしていないような言い訳でも、人は納得するもんだ。申し訳なさそうな態度が満足を与えるんだろう。

 だんまり決め込んで働かない、ひきこもりは可愛げが足りない。自分に嘘をつきたくないという、頑なな姿勢はかわいくない。「働きたいけど働けない」と言いさえすれば丸く収まる場面でどう振舞うべきか。

 ボクは実験的に、この働きたいけど働けないニート式言い訳、似非労働意欲、を採用して生活している。働きたいけど、仕事がない、心身ともに調子が悪い、などと言い訳して人に納得してもらうスタイルだ。ゆるい障害者用の職業訓練を受けながら、働きたいそぶりをしつつ、働く気はまったくないという本心をひた隠しにして、しめやかに暮らしている。どうですか、お客さん。

 労働がそんなに尊いものだとも思えない。労働を現金に買えることが立派だとも思わない。俺たちのぷらりライフ、明日もがんばりましょう。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年4月 9日 (水曜日)

ひきこもりとお金

 世の中、お金です。ただ、いくら欲しいと言うことになると皆ばらばらです。ひきこもりとお金について話しましょう。正しいお金の価値を知っているのは、正しくひきこもっている人だけです。ちゃんとひきこもっていれば、一日五百円で幸せになれます。正しい経済観念を身につけるためにひきこもっている、と言っても過言ではない。

 必要な生活費を除けば、一日五百円のお小遣いがあれば幸せになれる。それ以上お金があったら貯金する以外使い道などあるわけがない。でも、周りのひきこもっていない人達はどうだろうか。一日五千円の小遣いでも不満を持ち、不幸に感じている人がいるではないですか。どうしてか…、外に出づっぱりで金銭感覚が異常になってしまったのだ。これではいくら働いて稼いでも幸せになれない。億万長者になりたいという考え自体が異常なのです。もし一億円あったらどう使うか?という質問がありますが、「使い切れるわけがない」が正解です。それ以外の回答をした人の感覚が異常なんですよ。

 まず、ひきこもりありき。ひきこもって正しい金銭感覚を身につけてから、どれくらい働いて、どれくらい稼ぐかを考えないと、給料に不満ばかり感じ、気力も萎えて憂鬱になってしまう。一万円札を持つと緊張する、そんな当たり前の金銭感覚をひきこもって身につけましょう。脳内メーカー

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年4月 8日 (火曜日)

親孝行スペシャル

 洋式トイレにはフタがついている。便座の上にフタが。あれを閉める人はいないと思うが、甥っ子はいつも閉める。えらいねえ、マナーがいいねと、皆ほめていました。これだけでも、充分親孝行です。

 でもね、本当の親孝行というのはそんなもんじゃないのですよ。ある日、トイレのフタを開けたときに、流れてないウンチが鎮座していた。家族全員が卒倒、ここに真の親孝行が完成する。流し忘れただろと問い詰めても、甥っ子は知らないと言い張る。当然である、親孝行を自慢するようなことはしないのさ。もう、その日一日流れていないうんちのことで持ちきり。結局さ、思い出に勝る親孝行なんてないんだよ。

 母の日にカーネンションを贈ったところで、それがなんになるというのだ。ボケても忘れられないような思い出、これを与えることが親孝行なのだと、甥っ子から学びました。トイレ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月 7日 (月曜日)

ひ障母子生保連合

 ひきこもりと障害者と母子家庭と生活保護が手を組んで圧力団体を作れば、もっと幸せな世界が作れる。俺たちは兄弟だよな。団結せよ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月 4日 (金曜日)

富士山

 就職することは諦めたが、富士山に登るのは諦めていない。でも、一人での登山は何かと危険、特に初心者はやってはいけないとされています。友達のいない悲しさ、人一倍ご来光への憧れがありながら、富士山登頂に挑戦できずに36年間過ごしてきました。人生も登山も枯れていくのか。

 でもね、今年は一緒に富士山に登ってくれる友人が確保できたので行けそうです。まずは練習がてら、丹沢に行く予定です。富士山

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月 2日 (水曜日)

年齢にふさわしい、ひきこもり

 職業として、ぷらぷらするぞ。世間には通用しないけど、自分の天職であり、継続的に続けられる仕事が「ぷらぷらする」だ。周りの人が会社にいったり、学校に行っている間、ボクはぷらぷらするのです。これが、36歳にして自分にふさわしい就職先だ。

 バイト雑誌を読んだだけで安心して、ゲームをするなんていう生活は20代まで。もうバイト雑誌なんかには見向きもしない。もう若くないんだ。仕事を探したり、慌てて資格を取ろうとするのは、年寄りが若者ぶるようなものじゃないか。可能性の低い中年ひきこもりが、若さだけがとりえのヤングひきこもりの真似をするのはみっともない。

 人生に光はなし。世間という暗闇をぷらぷらするのが、年齢にふさわしい俺たちのひきこもり。胸を張って、ぷらぷらしよう。万歳。日の出

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2008年4月 1日 (火曜日)

普通とは ひきこもり編

 普通とは一本の細い線。隣りの人よりいい暮らしをしたいという欲望を基準とした偏見に満ちた一本の線。隣りの人も同じ欲望細線を持っているので、普通というこの線は絶えずぶつかり合い、競い合い、定まることがない。ようするに、普通はない。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2008年3月 | トップページ | 2008年5月 »