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2008年1月21日 (月曜日)

マイ農家

 ひそかに心の中で暖めている計画、それがマイ農家だ。米を作ってそれを売って生計を立てるのではなく、米を作ってそれを食べて生活するマイ農家。誰にも一粒も売らん、全部自分で食べるんだ。これでうるせえババーに誰のおかげで飯が食えているんだとか罵られずにすむ。餓死しないとわかれば、基本的に働かなくていい。贅沢したい時、その分だけ働けばいい。

 でもこんな考えを他人に話すと、農家ってなめてるのかジジイ。そんな簡単なものじゃない。もっと真剣に将来のことを考えましょうと言われてしまう。お金の亡者どもには、ボクの深遠なる人間哲学が理解できんのですよ。農作物を現金に換えようとすると生活が貧しくなるが、農作物を自分で食べてしまえば生活が豊かになるはずだ。今年からはこの路線で行きたいと思います。

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2008年1月20日 (日曜日)

本屋のどこに、ひきこもり本はあるのか

 ひきこもり本といえば教育コーナーに置かれるのが定石であった。登校拒否のバッドエンディングとしてのひきこもり。ただ時がたつにつれて教育以外の棚にも置かれるようになる。精神医学だとか、心理学とかに。心の時代、心の問題の治療前の病みきった状態としてのひきこもりだ。

 ひきこもり本が教育と精神の棚を行ったり来たりしている時に現れたニート本。労働問題の棚が賑わいを見せる。ひきこもり本も労働問題の棚に入りたい、ニートと一緒に世間のスポットライトを浴びたいのだがむしろ分散していく。家族問題、ゆとり教育、ノンフィクション、新書コーナー、精神世界なスピリチュアルな棚へとばらけてしまう。こうなると本屋での存在感がなくなり、手に取って見てもらう機会がなくなる。ボクのようなプロフェッショナルがひきこもり本を探しても見つけにくいのだから、ひきこもりは死語として抹消し、ニート一本に絞ったほうがいいのではと思っていた。

 そんな時に近くの書店で見つけたコーナーに興味を覚えた。「社会問題」という棚だ。ワーキングプアを中心に、格差社会、ニートが真ん中を固める。その脇をひきこもり、不登校、そして夜回り先生がしっかり支える。夜回り先生がいい具合にハマっているんだ。ジェンダーフリー本もあり。年金問題、生活保護、福祉関連の本のいくつかもここに加わってる。これだ、と思いました。世の中の、負の遺産だと思われることがらは「社会問題」というくくりでまとめてもらうと非常にわかりやすく、探しやすい。本屋さん、ぜひ社会問題でお願いします。

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2008年1月 8日 (火曜日)

何のための職業訓練なのか

 ここ5年間、一週間のほとんどをひきこもり作業所で過ごしている。正確には精神障害者のための作業所なのですが、言葉の響きがとても悲惨なのでひきこもり作業所と呼ぶことにします。作業所に通うのにお金はかかりませんが、作業所を運営するのにはお金がかかります。そのお金を払っているのが、国や市町村です。でも国とかいわれても形がないでしょ、皆様の税金って見たことないでしょ。でもボクは感じるんだ、国とか皆様の税金ってのは役所で働いている役人のことなんじゃないかって。

 作業所の運営費も役所が払うんです。個人の場合も福祉の支援を受けようとすれば役所に行って頭を下げる必要がある。国も憲法も税金も関係ない、役人とのマンツーマン土下座外交だ。これに失敗した人はおにぎり食べたいという遺書と共に餓死してしまえばいい。自らの存亡をかけた交渉は心しておこなうべきだ。

 でね、きちんと訓練がおこなわれているか調べるために、一年に一回くらい役人が作業所に見回りに来て面談とかしたりする。昨年の訓練状況及び今年の目標とかを話して終りなのだが、もう作業所に5年もいるのだ。面談のたびに架空の成長を続けたせいで、もう就労して働かなければ辻褄が合わなくなってきた。訓練の成果を見せて欲しい、何のための職業訓練なのかという話になってくる。 

 まあ形の上では5年間就労のための訓練を受け続けたことになっているからそろそろなんですよ。こういった作業所も人気があり順番待ちの状態です。いい意味で古い人は卒業して欲しいのです。面談中の会話の節々に「次のステップ」という言葉が交じる。ただね、根っこにある現実としてボクはひきこもり作業所で訓練なんてしてないんだよね。庭いじりとプレイステーション2しかしてないんだ。勝山叔父さん、5年間作業なんてしていないんだよね。

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2008年1月 7日 (月曜日)

訓練の成果

 あけましておめでとうございます。今年の目標がない、勝山叔父さんです。ひきこもり作業所に通い始めて5年が過ぎました。そんなことは大したことじゃあないんですよ。でもね、それじゃあ困る人もいるんです。ひきこもり作業所というところは、社会復帰、社会参加のための訓練所です。つまりですね「勝山さん、そろそろ訓練の成果を見せてくださいよ」と言う訳です。

 ごもっともなんですな。5年もひきこもり作業所に通っておるのですから、何らかの訓練の成果があってしかるべきです。「勝山さん、ちょっと働いてみてくださいよ」となります。これが家の中ならうるせー、オレの部屋から出て行けと内弁慶を発動すればすむ問題なのですが、日頃お世話になっている作業所の人の顔を立てたい、でも働きたくないという思いがある。

 今は全力でお茶を濁している。去年の11月くらいから訓練の成果をおねだりされているですが、どう諦めてもらうか、どうやって円満なうやむやに持っていくか、そればかり考えています。訓練の成果が出るのはもう少し先だぞ皆に思い込ますことができれば成功、全員が幸せになれる。

 訓練の成果を求められて、就職を今年の目標にしてしまうような、サービスをすると来年以降が続かない。そんなかなうはずもない目標を立てて、作業所を旅立ちそしてゆくえ知れずになったひきこもりは数知れず。大きな目標の行き先は、象の墓場。誰も見たことがない、行ったことがない、死に逝く象だけが知っている哀しみの聖地。 

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