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2007年12月28日 (金曜日)

ステレオのボリュームのMAXは何のためにあるのか

 ステレオ、ミニコンポで音楽を聴いている。その時どきにおいて、ボリュームのつまみを上げたり下げたりするわけですが、時計の針に例えると大体8時から10時くらいのところで調節している。11時くらいのところでは音が大きすぎる。

 でもボリュームって最大で4時くらいのところくらいまで回るでしょ。あれは何のためなんだろう。あの位置で音楽を聴いた人っているんだろうか。スピーカーが壊れるか、耳の鼓膜が破れてしまいそうだ。わからない、MAXの使い道が思いつかない。Photo

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2007年12月27日 (木曜日)

雑草が食べたい

 田んぼがあって、自分が食べる分だけの米を作ってしまえば生活の為に働く時間が少なくてすむ。飢え死にすることもない。時間の切り売り労働は、1日3時間くらいですむようになるんじゃないか。兼業農家になりたい、としばらく前から思っておりました。ひきこもり作業所でも土いじりなどして、プチトマトを育てたりしました。

 なぜ雑草はあんなに生えるのか。雑草という名前の草はないというが、雑草としか言いようのない草がプチトマトのまわりにたんまりと生えるのだ。抜こうが踏みつけようが、たくましく何度でもはいあがってくる。もし、人間がこの雑草を食べる力、もしくはこれを食物にする技術があれば一生働かずに済むのになあ。22世紀の未来に、雑草を食料に変えるバイオテクノロジーの進化を期待します。

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2007年12月25日 (火曜日)

チャレンジしたからこそ失敗したのだ

 誰だって失敗はする。やらなければ良かった、何もかもだめだ、本当にそうだろうか。チャレンジしたからこそ失敗したんじゃないか。臆病になり何もしないよりも、勇気を持って挑戦したことに価値があるんだ。失敗も勇気ある行動の結果なのだから良しとしよう、この結果を次に活かせばいい。

 さて、はたしてこんなことが真実だろうか。失い、敗れると書いて失敗だろ。だめなんだよ。何もしなかったほうが良かったんだ。勇気じゃないよ、欲に目がくらんだんでしょ。もっと、もてたかったんでしょ。だめだよ、勝手にチャレンジとか言って自分の過ちを美化しちゃあ、失敗から学び行動を慎まないといかんのですよ。

 彼などまさにチャレンジという耳障りのいい言葉に踊らされて、何もかも失ってしまった英雄の一人だ。 

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2007年12月24日 (月曜日)

2007年の10大ニュース ひきこもり編

 2007年のニュースといっても朝青龍が楽しそうにサッカーして怒られたという以外に何も思い出せない。30歳を過ぎたあたりから記憶力がだんだん減ってきた。悩みもだんだん減ってきた。悩みとは記憶力のことなんだ。

 ネットで2007年のひきこもりニュースを検索したところ、長田百合子(詐称・ひきこもりを2時間で治すオバサン)が裁判で負けたことが判明しました。Fonteというサイトによれば「9月26日、名古屋高裁で「長田塾裁判」が開かれ判決が出された。判決は原告の勝訴とし、被告に損害賠償100万円(請求500万円)を言い渡した」とある。この調子で最高裁でも負けて欲しい。

 泣き寝入り&ひきこもり、それが普通のひきこもり人生ですよ。この裁判の原告の人は立派な人間だと思う。長田みたいな麻原彰晃クラスの気狂い相手に裁判することがハイリスクノーリターン。知らぬ存ぜぬでやり過ごすのが賢いやり方さ。裁判をおこすというのは奉公であろう、ボランティアとはこういうものだと思う。ただ働きが社会奉仕な訳ではないのです。

 長田に関する俺キーワード。長田百合子はトランプのジョーカーにそっくり。長田百合子の息子の職業は、お母さんのボディガード。長田百合子は前はいじめられっ子でしたが、今は自分よりも弱い人間をいじめる「いじめっ子」です。長田百合子の実妹、杉浦昌子は監禁殺人で刑務所行き。長田塾はオサダ真理教のサティアンです。

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2007年12月18日 (火曜日)

ひきこもりとバリカン(2)

 続きです。虎刈りとシマウマ刈りの違いは何か。虎刈りはバリカンの扱いに失敗した間抜けな風味、シマウマ刈りは閉鎖病棟から脱走してきたような狂気に満ちている。いかがなものか。一週間家にひきこもって髪が伸びるのを待つことも考えたが、もしかしたら甥っ子が今日にも遊びに来るかもしれない、こんなマッドな叔父さんのままでいるわけにはいかない。親も心配するしな。よし、6mmに刈り込んでみよう。これに失敗すると次は何ミリになるのか、典型的なバリカン失敗大作戦だ。

 12mmアタッチメントをひっくり返して装着すれば6mmで刈れる。失うものは何もない。頭丸ごと更に刈り込んで、鏡でチェック。やった、虎刈りになれた。タイガーヘアなら普通だ、普通の阿呆だ。こんな部屋の中に一人、自分の頭をしましまにして、嘆いたり喜んだりしている叔父さんはどうなのかな。取り合えず、客観的に社会復帰なんてありえない、このひと重症ですよ、そう思いました。 

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2007年12月17日 (月曜日)

ひきこもりとバリカン(1)

 ボクは自分で自分の頭をバリカンで刈るという、切腹スタイルで散髪をしている。だから虎刈りだったり左右非対称の髪型である場合が多々あるのですが、皆さんも哀れに思い情けをかけてくれるのでしょう、特に何も言われません。

 バリカンにアタッチメントと呼ばれるカバーをつけて髪の長さを調節します。いつもは1cmとか2cmにしているんだけど、その中間くらいの長さにしたいなと思っていたら、12mm&6mmアタッチメントというものがバリカンに付属していることに気がつきました。つける向きによって12ミリにも6ミリにも刈れるわけです。試してみよう、と装着の方向をよく確かめながら今回は12ミリの坊主にすることにしました。

 このバリカンを買ってから2年くらいたっているので、切腹散髪も慣れ慣れです。介錯無用です。10分ほどで全体を刈り終えて鏡でチェック…、おやと思いました。後頭部がシマウマだ。電気バリカンでこんなことがあるのだろうか、まあ実際なっとるわけですよボクの後頭部がゼブラに。しばらく途方にくれていましたが、バリカンの説明書をよく読んでみると刈る方向を一定にしないと切れすぎてしまう場合があるぞ、的な注意書きがありました。ボクは自分の後頭部を電気カミソリのようにジョリジョリとあらゆる方向に動かしていたのですから、一部切れすぎてしまったようです。

 どう解決するか結論はすぐに出ました。いつも使っているアタッチメントを装着し全体を1センチで統一しよう。今は12ミリのシマウマだけど10ミリで刈り込めばシマウマじゃなくなるはずと考え実行。頭とくに後頭部を丁寧に刈り上げて鏡でチェック、以前シマウマのままです。若干模様がシャープになっただけでした。バリカンなめると怖いね。(続く) Zebra

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2007年12月16日 (日曜日)

定番の鍋

 ちゃんこ鍋。アンコウ鍋。ブログの女王、かをり眞鍋。学園祭の女王とかはもう時代遅れで、タレントとして一つ抜け出るにはブログが一番。かをり眞鍋を王に押し上げた記事がなりきりTommy february6です、知らない人は一度は見てみて。しょこたんこと中川翔子もこのジャンルに君臨する王の一人。タレントにとって今一番の激戦区なんですよ。

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2007年12月15日 (土曜日)

21世紀への階段 ひきこもり編(4)

 47年前に発売された科学技術省監修の未来予想本「21世紀の階段」、第三章の見出しは長命の退屈。21世紀は長生きの世紀と予想している。この第三章まるごと予想大当たりなんだ。長寿、高齢化社会、成人病は増える、精神病も増える、臓器移植も出来るようになる、アレルギー病が目立つ、漢方が再評価されるともう医学は正しく進歩したとしかいいようがない。予想した専門家も、それを実現した21世紀人も立派だ。

 人工心臓などの人工臓器が出来るとも書いてある。当たっているんじゃないの。ただその人工の臓器のイメージがちょっと違うかな。右下は21世紀の人々が人工心臓や人工胃をポケットに入れている、という絵。うーん、ミキサー(音響機器)を胸のポケットにねじ込んでいるようにしか見えんですよ。Img027_2

 続けて第四章、タイトルは台風と地震の制御。ようは科学の力で台風や地震の災害を防ぐことが出来るかというテーマなのだが、ここには大胆な未来予想は無く、50年たっても完全な制御は難しいだろうという嘆きがあるだけ。

 21世紀の現在、温暖化のせいで台風は制御どころか巨大化し災害の規模は大きくなっている。地震の予測も出来そうで出来ていない。自然災害を防ぐという分野に関しては、20世紀の予想よりも悪くなっている、科学は退化しのか。そもそも科学力で自然をなんとかしようという発想が無理だったのかもしれない。

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2007年12月 7日 (金曜日)

21世紀への階段 ひきこもり編(3)

Photo_5  左が47年前に発売された科学技術省監修の未来予想本「21世紀への階段」に載っている未来の社長室のイラストだ。目の前にあるのが電子翻訳機、音声タイプライター。壁にはテレビが埋め込まれており作業状況及び生産高の映像が刻々と送られてくる。これが20世紀の科学者が予想した、21世紀の社長室なんだ。

 右下が英会話学校最大手「NOVA」の猿橋望前社長の「社長室」だ。これが実現した未来だ。我らが生きている現代だ。何か謝りたい気持ちで一杯だ。人間は進化するばかりではなく、退化する生き物でもあると悟らされる一枚の画だね。Photo_2

 

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2007年12月 6日 (木曜日)

21世紀への階段 ひきこもり編(2)

 人類は正しく進歩しているのだろうか。20世紀の知識人たちが書き記した科学技術庁監修の「21世紀の階段」という本を読むと何となくそれが分かる。第二章のタイトルは人間代用品量産に入る、だ。人間の代用品?それはロボットでありコンピュータのことなんすよ。労働からの解放という見出しが目を引く。21世紀の人類は労働から解放されていなくてはいかんのですよ。まあ、ボクみたいな解放人もいるにはいるよね。

 21世紀はオートメーションの時代。機械が自動でやってくれる時代で、人間はスイッチを押して、出来上がったものを取り出すだけ。電子レンジだ。ああいうノリこそが20世紀の技術者が予想する未来のノリなんだ。第一章の原子力が世界を豊かにするという予想は外れまくりだが、この二章の人間代用品時代の予想はかなり当たっている。電車の改札も予想通りというかそれ以上に進化した、改札どころかスイカなどの登場で切符すらなくなりつつあるのだからすごいぞ21世紀。

 この本を読んで驚いたのは47年前の当時は給料の銀行振り込みもなく、電話代等を自動引き落としすることも出来なかった。全部が手渡し。クレジットカードなぞ未来の塊だったのだ。こんな一切合切が21世紀をまたずに実現してしまった。オートメーション化は専門家の予想よりも早く進んでいる。無人で動く鉄道も実現している。でも車はまだだね。でもそれに近いものは出来ている、カーナビだ。本には「タクシーボタン」を押すと自動的に車が発進するようになると書いてあるが、惜しいっ。カーナビで目的地を設定すれば音声案内で導いてくれる。ただ、タクシーボタンっていう名前がかわいくて好きだ。タクシーボタンを押せば目的地までゴーって、ああなんて古きよき未来。

 楽しい未来の裏に悲しい現実。その最大のものが、労働時間の短縮。全て機械がやるんだ、じゃあ人間は何をするの、それは機械の修理。でも機械もいつも壊れるわけではないから労働時間は短縮されるはずだった。心配すべきはロボットに仕事を奪われる形での失業だけのはずだったのに。

 人間が機械に使われている。工場で働いている人全てが機械のスピードに合わせて働いている。疲れ知らずのベルトコンベアーに合わせて休み無く単純作業を繰り返している。機械は正確で力があり優秀で、人間は間違いだらけですぐ疲れるのろまだ。機械が主人で人間が召使なのであろうか。そんなはずは無い、機械をどう使うか哲学を持たないといかんのです。速い、安いとかそんな目先の理由ではなく、人間の幸福にとって機械をどう使うか、本当の便利さとはなのか、きちんとした機械に対する哲学が必要です。テレビの前でごろんと横になって、よく考えてみましょう。Photo_7

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ポケットティッシュのCM

 消費者金融といわれるサラ金のCMの流行りは「借りすぎに注意」と「計画的なご利用を」だ。それが出来ないからここで金を借りとるんですよ、ねえ。

 ボクは生まれてから一度も借金や分割ローンを利用したことがない。じゃあ、消費者金融とは縁がないのかというとそうでもない。ポケットティッシュ、いつもありがとうございます。チラシしか配らない激安コンタクトレンズ店とちがい、駅前でポケットティッシュを配ってくれる消費者金融様はありがたい。路上では一切物を受け取らない主義だが、CMでおなじみのあの会社なら安心してティッシュを受け取れる。あれはポケットティッシュのCMだったんだなぁ。

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2007年12月 4日 (火曜日)

マッスルデー

 本日、36回目のマッスルデーです。年に一度のずる休みの日。学校や会社に行かず家でぷらぷらしていてください。

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