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2007年11月 6日 (火曜日)

ひきこもりと老人とバナナ

 何故ひきこもるのか。昔と違って世の中が豊かになりすぎて、人間が軟弱になったのだと老人は答える。豊かだって?経済が発展し科学が進歩してもちっとも人の暮らしは豊かになってないじゃないか、という当たり前の反論が老人には通用しない、なぜだろうか。

 観察してごらん、身近な老人である父親を観察してごらん。バナナを与えてごらん、喜んで食べるから。バナナがごちそうなんだよ、マスクメロンに匹敵するくらいのごちそうなんだ。同じ家に住み同じものを食べているからつい忘れてしまう、自分の父親が発展途上国の人だということを。断言する、君のお父さんはタイ、フィリピン、バングラディッシュの人たちよりも貧しい。経済的価値観が貧しいんだ。

 世界中を相手に長々と戦争をしたあげく原爆を落とされて日本は負けた、敗戦後の貧しさは世界一だ。イラクなど目ではない、日本の老人は桁外れの貧困の中を行き抜いた強烈な生命体。闇市、闇米、ヒロポンとひきこもりとは真逆のベクトルを持った世の中を生き抜いた兵(つわもの)たち。優しさや思いやりなぞ持っている奴は、即火垂るの墓だ。

 わずかな栄養で公害だらけのひどい環境の中を病気にもならずに生きていける、そんな生命のエリート不老不死の人間ゴキブリが君の父親であり母親なのだ。芋の切れっ端さえ与えておけば真冬の野外でも平気で生活していける、あの戦後の大飢餓の中を奇跡的に生き残ったスーパーチルドレンなんだよ。

 こんな生命が現代人用の医療を受けるのだから超長寿になるのも無理はない。鬼に金棒だ。老人にとって、現在の日本は「生きやすい世の中」にほかならない。バナナに飛びつかないひきこもり人間の存在が理解できない。バナナが食べるためならひきこもりだって何でもするはず、老人はそう信じている。

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