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2007年11月30日 (金曜日)

中古とひきこもり

 本もCDもゲームも中古になると急に魅力的に見える。新品のときは見向きもしなかったものも中古品として棚に並べられたとたん手に取って眺めて見たくなる。値段と商品状態をみながらの店との駆け引き、その総合点と自分の物欲とを天秤にかけてどうしたものかと哲学する面白味がある。価値あるものを安く手に入れた時の達成感と安堵の気持ち、それはなんなのだろうか。

 気付けば中古依存の人間の部屋はゴミ屋敷。どこかに出かけるたびにブックオフのような古本屋や中古レコード屋をのぞきうろうろして、何か買ってくる。本を買っても本を読む時間までは買えないのだからどうしたって本がたまってくる。あんまり聴かないCDで一杯だ。もう中古の世界から足を洗おうと思う。中古に興味を持たず、新品製品だけで暮らしている人は幸せだ。時間はもちろん、経済的にもお得だと思う。家にある買っただけで満足してしまったあれやこれに囲まれて、なんだかうっとりしている、そんな馬鹿なひきこもりにならずにすむのだから、きっと幸せだ。

 ひきこもりの苦味が増していると思ったら世の中にある「中古」からちょっと離れてみることだ。中古は最高級の嗜好品であり、非常にいい趣味だと思う。だからこそ腹八分目なんや。

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2007年11月21日 (水曜日)

21世紀への階段 ひきこもり編(1)

 ひきこもりはいつだって未来のことばかり考えさせられている。将来どうするんだ、親が死んだらどうするんだ、ホームレスになるぞと心無い人間に脅され未来のことばかり考えている。でも未来というものは科学者や政治家という人たちこそが考えることなのではないだろうか。責任逃れし、負の遺産を子供たちに押し付けてばかりではいかんのですよ。

 21世紀への階段という本がある。1960年、だから今から47年前に科学技術庁が監修発売した本格的未来予想本だ。SFではない、科学者、技術者、政治家が40年後の日本はこうなってしかるべきということを書いたものだ。そこには21世紀の理想の姿、正しい科学の進歩、豊かな社会、人間の幸福への思いがつまっていて楽しい。21世紀未来人のボクは彼らが期待しているような世界に住んでいるのだろうか。

 原子力時代は花ざかり。これが第一章のタイトルだ。悪い意味で当たっているよね。地震で原発のやばいドラム缶とか倒れまくったし。放射能とかちょくちょく漏れているしね。科学技術庁が発売している本なので原子力は大プッシュされている。電気の変わりに放射能で光るランプが21世紀には開発されているとある。油にガス、電気ときてランプは放射能で光るというわけだ。世界中がヒロシマ、ナガサキじゃよ。

 被爆国とは思えないくらいの原子力(放射能)に対する期待であふれている。オイルショックのせいもあるかもしれない。あなたも原子力を動力としたロケットで宇宙を旅しているかも、みたいな文章でこの本の第一章は締められている。面白い本なのでまた続きを紹介します。Photo

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2007年11月 6日 (火曜日)

ひきこもりと老人とバナナ

 何故ひきこもるのか。昔と違って世の中が豊かになりすぎて、人間が軟弱になったのだと老人は答える。豊かだって?経済が発展し科学が進歩してもちっとも人の暮らしは豊かになってないじゃないか、という当たり前の反論が老人には通用しない、なぜだろうか。

 観察してごらん、身近な老人である父親を観察してごらん。バナナを与えてごらん、喜んで食べるから。バナナがごちそうなんだよ、マスクメロンに匹敵するくらいのごちそうなんだ。同じ家に住み同じものを食べているからつい忘れてしまう、自分の父親が発展途上国の人だということを。断言する、君のお父さんはタイ、フィリピン、バングラディッシュの人たちよりも貧しい。経済的価値観が貧しいんだ。

 世界中を相手に長々と戦争をしたあげく原爆を落とされて日本は負けた、敗戦後の貧しさは世界一だ。イラクなど目ではない、日本の老人は桁外れの貧困の中を行き抜いた強烈な生命体。闇市、闇米、ヒロポンとひきこもりとは真逆のベクトルを持った世の中を生き抜いた兵(つわもの)たち。優しさや思いやりなぞ持っている奴は、即火垂るの墓だ。

 わずかな栄養で公害だらけのひどい環境の中を病気にもならずに生きていける、そんな生命のエリート不老不死の人間ゴキブリが君の父親であり母親なのだ。芋の切れっ端さえ与えておけば真冬の野外でも平気で生活していける、あの戦後の大飢餓の中を奇跡的に生き残ったスーパーチルドレンなんだよ。

 こんな生命が現代人用の医療を受けるのだから超長寿になるのも無理はない。鬼に金棒だ。老人にとって、現在の日本は「生きやすい世の中」にほかならない。バナナに飛びつかないひきこもり人間の存在が理解できない。バナナが食べるためならひきこもりだって何でもするはず、老人はそう信じている。

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2007年11月 5日 (月曜日)

ひきこもり母親探偵社

 電車に貼ってある広告を見てビクッとした。アーウィン女性探偵社だ。ひきこもり息子の部屋をのぞいてやる、息子がパソコンで何をやっているか調べてやる、用がある振りをして息子の部屋の前を行ったり来たり地獄耳での聞き込みだ、そんな母親たちが集まってできた探偵社にしか見えない。写真の中にボクの母がいやしないかとヒヤヒヤしたが、いるはずがない。調査はできるが守秘義務が守れないからね。Photo

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2007年11月 4日 (日曜日)

注意

 このブログは、右から来たものを左へ受け流す「ムーディー勝山」氏とは一切関係がありません。申し訳ありません、検索をやり直してください。

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2007年11月 2日 (金曜日)

絶版「ひきこもりカレンダー」

 ちくしょーっ、オレの心のベストセラーひきこもりカレンダーが絶版になることが決まりました。せっかくだから、絶版ってどういう感じなのかお話しましょう。

 出版社から封筒が届きます。中身には印刷された手紙とハガキが入っていて、手紙には「御書を絶版にさせていただきたくお報せ申し上げます」という残念きわまる報告と、同封のはがきを送ってくれれば希望の数だけ本代無料・送料着払いで在庫を贈呈すると書いてある。ちなみに在庫数は77、これだけ売れ残っているということだ。

 愛着たっぷりの本なので全冊受け取りたいところだけど、部屋がゴミ屋敷になるのは嫌だ、すでに勝山商事Tシャツという負の遺産がある。ブログを読んでいる人にプレゼントすればと考えたが、これを読んでいる人って本だけでは飽き足らない筋金入りの読者だと思うんだ。そう考えると黙って燃えるゴミとして処分してもらうしかない、不都合な真実だ。

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