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2007年7月26日 (木曜日)

会話について

 人とうまく話をできないのはなぜだろう?というお題をもらって、それはねと答えようとして絶句してしまった。他人とうまく話せない理由を、「うまく」話そうと自分に圧力をかけてしまい言葉が出ない。もうちょっとユーモアと、さすがひきこもり名人と思われるような独自の視点からの意見を言うべきだと考えているあいだに、話すタイミングがどっかに行ってしまう。いつものパターンだ。頭がいい人と思われたいんだ。自分を良く見せようと思うと、言葉が出てきにくい。初対面の人の時もそうだ、第一印象を良くしたいと思えば何も言葉が出てこない。天からの閃きを待つ、詩人のような心持ちで人と接するのだから、普通の会話にすらたどり着かない。

 人生ずっとこんなんだった。学校でも一学期に友達が出来たことはない。明るく面白い少年をクラスメイトに披露しなければという圧に負けて、ほとんど無言で過ごした寒すぎる一学期。友達が一人も出来ないまま迎える春の遠足。アルバイト先でも明るく面白い青年を披露しようと自分に圧にかけ、それに潰れ、ずっと無言で働いた。完全な時間の切り売りだった。自分がこう思われたいという自分像を演じようとして演じられず、いつも黙っている暗い奴のレッテルに甘んじる。見栄を張ろうとして自分に圧力をかけ、結果話せない。

 予定調和、マニュアル対応が嫌いだ、創造性にかける。上っ面だけでなく中身のある会話がしたい。これも見栄だ。劣等感かもしれない、うまく話せないんじゃない、つまらない話に加わりたくないんだと自分に言い聞かせ、凍えてしまいそうな自分の心を鼓舞している。完全な日陰育ちのひねくれもの。天気の話もせず、世間話もしない、高級な話しか受け付けませんぞと、だんまりをきめ込んで35年。悲しいかな、ボクはうまく会話をすることが出来ない。

 ボクのだんまり対策法は、ずっと場にいるということくらいだ。これは物量作戦でなるべく長い時間その場にいる。話もしないのに、話の輪の近くをうろうろする。苦痛を感じながらもうろうろしてなんとなくきっかけを待つという、恋する乙女のような、消極的なコミュニケーション技術だ。全くお薦め出来ない。

 あがるから緊張するからうまく話せないのか。でも実際は大勢の前に出されたときのほうが話しやすい。緊張しまくり、あがりまくりだが、一方通行の会話は話しやすい。ブログと同じだ。大勢に向かって話す時は嫌われてもいいんだ。例えば100人いて90人に嫌われても、10人の心に響く話が出来れば成功になる。つまるところ会話を出来なくさせている理由というのは、必ず相手に良い印象を与えてやるぞという、一撃必殺の心意気なんじゃないだろうか。

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