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2007年6月29日 (金曜日)

人格改造マニュアル

 何度も繰り返し読み、影響を受けた本。人間の脳にはいろんな能力があるわけだが、学校や会社で必要とされる力はちょっとだけだ。思考力とか創造力とかいらない。人間に本来備わっている、人間が生きるのに必要な能力(脳力)を出している暇はない。疲労感を脳に伝える物質など、ないほうがいいと思えるような世の中。そんな日常生活をしいる社会に対する怒りが底流にある。

 人間が本来の人間として生きられる、脳に備わっている力を発揮できる生活がしたい。改造すべきは人格ではなく、世の中だ。それを百も承知の上での人格改造である。人格改造マニュアル

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2007年6月28日 (木曜日)

ひきこもりカレンダー

 何年かぶりにひきこもりカレンダーを読み返してみた。打ち震えるものがあった。ひきこもりについてすべて語りつくされている、6年たった今でもこれに付け足すことなどない。勢いがある。当時のボクはマルコムⅩ、現在は鈴木宗男、それくらいの違いがある。本を書いていた頃は毎日睡眠12時間、物思い12時間という生活をしていた。やはり現役ピークの筋金入りひきこもりの考える言葉は、よく咀嚼されていて詩的でさえある。是非読んで欲しい、せめてまえがきだけでも立ち読みして欲しい。Hikikomori

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2007年6月22日 (金曜日)

夏至

 初夏が一番いい季節だ。日が長く明るい、夕方から夜は涼しい。窓を開けていると、いい風が入ってくる。ひきこもり冥利に尽きる。今日は夏至で一年で一番昼の時間が長い。ただ雨なのが残念だ。100万人のキャンドルナイトという小粋なイベントも行なわれる。

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2007年6月21日 (木曜日)

親になって親のありがたみを知る

 親になってみて初めて親のありがたみを知りました、みたいなことを言う人がいる。クズである。親のありがたみなんてなかったはずだ。ないものをナゼあると嘘をつくのか。

 一つは東条英機が天皇をありがたがるのと同じ仕組みだ。子供を自分に従わせるための演技なんだ。もう一つは自分の未熟ぶりを甘く見逃して欲しいという計算から、悪い親をあえてありがたがる。さらにもう一つ、実際その立場にならなければ分からないという根拠のない言い逃れにも使える。まともな人間なら口にできない言葉だ。

 子供の頃の気持ちをすべて忘れてしまう記憶力のなさ。親にならなければ何も分からない相手の気持ちを思いやる心のなさ。だめでしょ、だめ人間でしょ。ありがたくない親に育てられたのが原因だと思う。

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2007年6月20日 (水曜日)

派遣会社

 派遣社員って日雇い労働者なんだよ。派遣会社って出稼ぎや日雇いの肉体労働者を斡旋するヤクザと同じなんだよ。

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2007年6月19日 (火曜日)

ひきこもり原発 風力編

 ひきこもりの就労支援・訓練と言えばどうしようもないクリーニング工場やら野菜切り、ダンボール潰しに清掃と働くのが嫌になるような単調な職種ばかりだ。もともと働くのが苦手な人たちに、このようなやりがいも報酬も少ない仕事は向いていない。人の役に立つ、生活に直結する仕事をするべきだ。

 いずれ資源がなくなれば発電は人力でやるしかない。この考えを一歩前に進めたい。それがひきこもりと風力発電とのコラボレーションだ。横浜の新しいシンボルとして風車ができたのを知っているだろうか。風力発電の大きな風車なんだ。有害物質を出さない、安全でクリーン純国産エネルギーそれが風。風力発電とは理想のエネルギーに近い、ただし風が吹けばの話だ。風が吹かないときはどうしたらいいか。ボクはひきこもりの出番だと思う。全国100万人のひきこもりが風車の周りを矢倉で囲みいっせいに風車によじ登る。そして力一杯、風車を回すのだ。風と人、自然の恵みと人間の力の調和。争いのない平和な世の中にまた一歩近づく。Fuusha

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2007年6月18日 (月曜日)

単純作業は怖い

 長く働いても何も身につかない仕事というのが多すぎる。ベルトコンベアーの単純労働など真面目に何年も働いても何も身につかない。怖ろしいことだ。商売のコツとか経験とか、技とかなーんも身につかんのだ。労働がどんどん分業化され単純化されると、何も身につかない労働者となる。

 働いても独立できない。働いている人よりも、勉強だけして資格を取る人のほうがまだ独立に近い。大きな工場で働き続けたら間違いなく自立できない労働者になる。つぶしがきかない。一生同じ会社に勤め続けるしかない、立場が弱すぎる労働者になる。

 スーパーでレジの仕事を10年続けても、ずっとバーコードを読み取るだけでしょ。何も残らない。身につかない、その純度が高い。仕事なんて時間の切り売り、人の命には限りがある、命の切り売り。単純作業は丁稚奉公に劣る。

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2007年6月14日 (木曜日)

「日刊ココログ・ガイド」に紹介してもらった

 「日刊ココログ・ガイド」というサイトで小さく紹介してもらいました。うれしいですね。ただ他のブログと見比べるとデザインが悪いんだなと改めて気づきました。極端に絵心がないというか、悪い意味で個性が出すぎ。ホームページビルダーっぽいね。

日刊ココログ・ガイド
http://guide.cocolog-nifty.com/guide/cat182275/
掲載日:6月13日 該当ココログ:「鳴かず、飛ばず、働かず」

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2007年6月 8日 (金曜日)

マイブームブーム・ブログ編

 ブログを書いている人なら心の中に、好きなことを好きなように書きたいひきこもり小説家と、とにかく自分が書いたものを読みたいひきこもり読者と、他の人も読むかもしれないのだからもう少し質の高い面白いものを書くべきと考えるひきこもり編集者の3人が住んでいるはずだ。なっ、ボクの病んだ心の中だけじゃなくて君の心の中にも住んでる。

 最近ひきこもり編集者が面白くない、もうちょっと笑わせないとだめだよかつちゃんとダメ出しする。なんだよこっちは上機嫌でブログ書いてたのに、とひきこもり小説家は考え込む。ブログの更新が遅くなる。そうすると、おいおいいつまで待たせるんだ何でもいいから早くブログ更新しろとボクの心の中にいるひきこもり読者が催促する。たかがブログじゃないか。文学じゃないんだから、読みたいから適当に早く書いてくれとねだる。そんな読者の声を聞き、そうだな軽い気持ちですらすらっと書くか、とひきこり小説家。おいおいちょっと待て、ユーモアひきこもりというのがお前のアイデンティティじゃないのか。笑わせてナンボだろ。書くからには笑わせるものを書くべき、とひきこもり編集者が言う。小説家、読者、編集者、3人がボクの心の中で意見を戦わせる。その結果が今書いているブログなのだ。

 でもこの3人の一番の心の葛藤はこんなことしている暇があったら、働いたほうがいいんじゃないかという心の迷いだ。働くまでいかなくても、もっと他にすることがあるのではないかと…。 

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2007年6月 6日 (水曜日)

自分探しはどこにいった

 自分探しという言葉があったような気がする。本当の自分を見つける旅みたいなのがあったでしょ。君はどうだ、君は出会ったか本当の自分に。何の根拠もなしに「もっともててもいいはずだ」と愚痴る本当の自分。「働くと疲れちゃうんだよ」とすべてを投げ出す本当の自分。「たぶんオレは天才なんじゃないかな」と他人には分からない才能に自信満々の本当の自分。

 いかがなものか。現実を踏まえ、謙虚な気持ちで、古今東西の名作を一通り読み、自分とは何か、どう生きるかを考えた結果が「もっともててもいいはずだ」に代表されるような本当の自分である。35歳だ。これが本当の自分なのだろうか。でもどんな人でも、自分は本当はいい人だ思っている。どんな悪党もポンコツも自分は“本当”はいい人だと心の底で思っている。でもこうやって改めて本当の自分を文字にしてみると、これはまずいかもしれない。でもなおらない、だって本当の自分だから。

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2007年6月 1日 (金曜日)

ずっと、ひきこもっているとどうなるのか?

Katsuyama_shot

 だいたい、こういう感じになります。特にテレビの前では、ほぼ100%こういう感じになります。悟りの境地への一つ道、それがひきこもりなのでしょう。かつては親子で罵りあい、激しい心の葛藤、不安にさいなまれたこともあったはず。でもずっとひきこもった結果どうなったか。こういう感じになったよ。個人的にはこれと寸分違わぬ、まったく同じ状態であると言いきれるねえ。

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