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2007年4月30日 (月曜日)

ひきこもり原発

 いずれ資源がなくなれば、発電は人力でやるしかあるまい。ひきこもり原発や。たくさんのひきこもりが発電所に集まり、自転車をこぐ。スポーツジムにあるような自転車をこいで日本の電力を発電する。エコロジーでスローな暮らしになるんじゃないかな。世界は争いのない平和な世の中になる。Bike

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2007年4月25日 (水曜日)

苦しい体験を誇り、押しつける

 辛く大変なことに耐えたからこそ今の自分があるんだ、という自慢らしきものから始まるありがちな説教がある。仕事や勉強などに、ちゃんと耐えたからこそまっとうで普通のちゃんとした生活を送っている自分がいるんだと自慢する。いかがなものか。そうかもしれないが、だからどうした、苦しい体験を誇り押しつけることに何の意味があるのか。

 究極の苦労、忍耐と言えば戦争だろう。だからといって戦争体験が今の自分を作った、戦争に耐えたからこそ今の自分があると言うだろうか。実際、戦争を体験している人は戦争が自分に大きな影響をあたえたことは確かだが、そのおかげで今の自分があるなどと言うはずがない。みんなに戦争しろ、戦争を味わって立派な人間になれというのと同じだからだ。

 苦しい体験をした結果、苦しい体験を他人に押しつけるような人間になる。そうはなりたくない。苦労を台無しにする行為だと思う。

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2007年4月24日 (火曜日)

ひきこもりと普通

 普通に生きる、普通に働く、普通に学校行くといった具合に、普通にしろという圧がつねにかかる。でも健康な人もいれば死にそうな人もいるというのが普通なのではないか。猛烈に働く人もいれば無職の人もいるというのが普通だ。東大に合格する人もいれば高校受験に失敗する人もいるのが普通だ。

 お金持ちもいれば貧乏人もいる、それが普通の世の中。全員普通でお金持ちもいなければ貧乏でもないというのは、実現が困難な理想の世界なのではないか。普通というのはプラスマイナスのゼロ、全体としてつりあってるのが普通なのであって、全員が出すぎず引っ込みすぎずに生きることではないはず。

 普通に生きるというのは、ずっと嫌なことを我慢して学校や会社に行き、生活することではないはずだ。それでは普通以下であまりに冴えない。いい時もあったがどん底も味わった。生死をかけた冒険した時もあったが、コタツでみかんを食べながらお茶をすすっていた時もあった。トータルで考えればプラスマイナスで普通かなっと思える人生こそが、普通の生き方さ。

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2007年4月19日 (木曜日)

ひきこもりだし

 人間的に深みがない面白みがない、つまりだしがきいていない。料理の決め手がだしの旨味であるように、人間もだしがきいていないと薄っぺらでつまらない。個性とはだしのことである。料理のだしは昆布や鰹節、煮干等を煮込めば作れる、では人間のだしはどうやって作るのか。

 ひきこもることによって人間の「だし」はでる。人生のうまみ深み面白み厚み濃くまろやかさがでる、ひきこもりはだしのオーケストラだ。ひきこもっていなくても多少ならだしらしきものも出るが、インスタントの味の素のようなもので味気ない。食えない人間、魅力のない人間、ひきこもらずにしっかりと天然だしをとらずに生きたゆえにこんなつまらない人間になってしまったのだ。ひきこもることはまともな人生の料理人の義務である。

 世の中にはいろんな人生の「だし」がある。だしの王様、ひきこもりだし。最も人気のある受験浪人だし。くせのある味が魅力のの留年だし。今話題のいじめだし、ニートだし。年配の人にも人気の失業だし、無職だし。深すぎる味わいの離婚だし。これ以外にも多数のだしがある。君にも覚えがあるはずだ、ほろ苦い体験の後にじわぁっと出るあのだしの感覚。もしそんな経験が一度もないとしたら…、そんなつまらない人間は死んだほうがましだ。

 だしが出てないってことは個性がないということ。哲学も信念も意思もない顔がない、海を漂うクラゲのようなもの。どう生きるか、自分とは何かいっさいがっさい、その人から出るだしが決め手になる。だしが足りない、だしが出ていない、だしをとり忘れたと気づいた人はすぐにひきこもるべきだ。

 世の中にはひきこもっている人に、いつまでだしを取っているんだ、とっとと料理をだせ、何でもいいから作ってだせと催促する奴らもいる。だしとは料理人の心意気、それが分からない薄っぺらな奴らの声に耳を貸す必要などない、本物のだしをとろう。 

 だしがきいていると思う有名人。安部譲二先生などどうだろうか。肩書きを作家・タレントと言うよりは「だし」にしたほうがいい気がする。安部譲二先生クラスになると働かない、学校に行かないといったレベルではなく、シャバの空気を吸わないというブタ箱仕込みのひきこもりである。最高のだしが出るのも当然だ。無頼でありながらどことなく憎めない個性は一流のだしがきいている証拠であろう。Abe_2

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2007年4月18日 (水曜日)

ポエム・ひきこもり哀歌

ボクは生まれた日
象が死んだ

人生は泳げない海
小さな浮き輪につかまって
沖へ沖へと流される

苔の上に生えている
咲かない花に
水をあげよう

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2007年4月17日 (火曜日)

ファッションセンス

 誰だって親が買ってきた服を着て育っているので、そのファッションセンスのなごりがある。反抗してもオシャレを気取っても、ちょっと油断すると母親ファッションの名残がひょっこり顔を出す。こういうのを遺伝というのだと思う。

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2007年4月16日 (月曜日)

叔父さんのわがままは筋金入り

 甥っ子が遊びに来たら必ず泣かします。勝山叔父さんは甥っ子をかわいがること山の如しですが、それでも遊びに来たら一回は泣かしてしまいます。甥っ子を泣かすなんて、ひどい叔父さんだめな悪い叔父さんという風になるかもしれませんがうちでは、泣いた甥っ子が悪いということになります。

 だって、叔父さんのわがままは筋金入り。どうこう言って何とかなるレベルではない。格がちがう。かないっこない。だだをこねさせたら日本一。器がちがう、人間ばなれしている、涙などとうの昔に枯れ果てたわい、あの岩窟王め。だからかわいい甥っ子が号泣しても勝ち目なし、いつも泣き寝入りさ。

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2007年4月11日 (水曜日)

ほろ苦いメモリー6

 小3の時に担任だったⅠ先生は非常に礼儀にうるさいかった。ボクは授業中にビー玉をいじっていて、先生に見つかりしかられた。そして「そんなに遊びたいなら運動場で遊んで来い」と教室を追い出された。

 ビー玉を持って運動場で呆然としていると2階の教室の窓から「ちゃんと遊べ」とⅠ先生に怒鳴られたので、あわてて運動場の砂の上にビー玉を転がした。他のクラス体育の邪魔にならないように気をつけながら運動場にビー玉を転がした。確か2時間くらい転がし続けて、やっとゆるしてもらえたと思う。

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2007年4月10日 (火曜日)

ほろ苦いメモリー5

 小学校3年の時担任だったⅠ先生は非常に礼儀に厳しい人でした。小学校では名札を胸につけるのですが、付けずに家に忘れて来ることもあります。Ⅰ先生の法律では1回忘れたら2時間廊下に立つ、2回忘れたら4時間廊下に立つ、3回忘れたら一日中廊下に立つ、4回忘れるとニワトリ小屋の中に一日中立つという罰が待っていました。ヒトラーよりも気狂いなティーチャーです。ボクは丸1日学校の廊下ですごしたことがある。廊下で食べる給食は味がしないねえ。

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2007年4月 9日 (月曜日)

ほろ苦いメモリー4

 ボクは高校のとき時々学校に行く登校拒否でした。登校拒否が恥ずかしいという気持ちに欠けていた。だから突然ぶらりと学校に行ったのです。久しぶりに学校に行くと席が1番前の真ん中になっていました。さすがにそこで授業をうけるのは無理と、朝のホームルームだけ受けて、速攻で帰宅した。ああっ、あれもいじめだったのかなあ。

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2007年4月 8日 (日曜日)

ほろ苦いメモリー3

 小学校5年生くらいの時には、勉強のできるおとなしくて真面目な子供ロボットとして完成していました。それで問題なしとボクは思っていましたが、当時担任だったK先生の考えは逆だったようです。勉強だけできておとないしい子供は実は問題があると考え、ボクはK先生から「勝山君、生きろ!」とよく言われました。

 生きろとはただ生きるという意味ではなく、生き生きと活力に満ちた、充実感が内面から湧き出る、そんな風に生きろという教えです。ボクは毎日死んだ魚を目をして勉強ばかりしている要注意の生徒でしたから、強制的にボクの席は教室の一番前の真ん中、教壇のすぐ前。授業中でもたえずK先生のチェックをはいり、「生きろ!」の特訓を受けていました。

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2007年4月 7日 (土曜日)

ほろ苦いメモリー2

 小学校6年生の時に立候補して学級委員になった。本来なら男女1名ずつ2名選ぶ、ただ立候補者が多かったので、今回は特別にと先生の粋なはからいで男女2名ずつ計4人が学級委員になった。その4人の中の一人。でもリーダーは4人も必要ないので、ボクは何もやりませんでした。何もしない無責任な学級委員として、先生からの評価を著しく落としました。

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2007年4月 6日 (金曜日)

ほろ苦いメモリー

 高校の3年の時は完全な登校拒否で、ほとんど学校に行っていない。何ヶ月ぶりに学校にいったら自分が学級委員になっていた。不登校で学級委員になったのはボクだけなんじゃないだろうか。あっ、もしかしたらいじめられていたのかな。

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2007年4月 2日 (月曜日)

ボクと甥っ子

 甥っ子は叔父さんに気を使い、子供らしく遊ぼうとするけど、すぐ飽きちゃう。勝山叔父さんも甥っ子に気を使いゲームやおもちゃを用意しておき、一生懸命遊ぶ。でも甥っ子はすぐ飽きちゃう、ゲームやおもちゃが子供だましであることをすぐに見抜いてしまう。こっちが子守りでお付き合いで遊んでいるという、そんな生半可な気持ちには即ダメ出しだ。今日、甥っ子に一番ヒットした遊びは、ファミコンのカセットを本体に差し込んだり抜いたりするというもの。ゲーム関係なし。

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2007年4月 1日 (日曜日)

ひきこもり出会いと別れ

 出会いはないが別れはある。だから、だんだん友達の数が減ってくる。ここ3年間で新しく知り合いになった人はいるのか考えてみた。甥っ子だけだった。いかがなものか。阪神大震災の後、施設の中で孤独死する老人がいるという話を思い出し、ボクもいずれそうなるんじゃないかなあと思った。

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