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2007年2月28日 (水曜日)

ひきこもりと原付免許

 原付(原動機付き自転車)とは50cc以下のバイクのことである。ひきこもりにとって原付免許を取るということは、司法試験に合格するようなもの。もう他の資格はいらない。学校にも行っていないと身分を証明するものがない、ツタヤでDVDすら借りれない。だから原付免許なんだ。

 最近、顔写真付きの身分証明書を見せるように言われる場面がある。振り込め詐欺とかあるので郵便局とかでも些細なことで身分証を求められる。ひきこもりに身分はない。だからこそ原付ライダーという身分に価値がある。原付ライダーは日本国内では無敵の身分ではないだろうか。原付ライダー証明書であるところの原付免許をさしだせば万事オーケイ行くところ敵なしだ。原付免許は50問の○×試験で45点以上取れば合格、費用も講習料込みで7,000円程度。実技試験はないので自転車に乗れない人でも取得が可能。これしかない、ひきこもりよ行け。

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2007年2月27日 (火曜日)

ひきこもりのゴール

 ひきこもりの反対語は「家出」である。家出すればすぐに脱ひきこもりもしくは元ひきこもりになれる。家を出て帰ってこない、これが家族・支援者がひきこもりに求めるものであり、ひきこもりが目指せと強要されるゴールである。

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2007年2月26日 (月曜日)

誰にでも5人のファンがいる・ゴッホ編

 ゴッホは可哀相だ。生前一枚の絵も売れなかった悲劇の天才画家。ゴッホの才能を認めなかったのは一般市民や権威ある芸術家だけではない。権威的でない前衛的な芸術家たち、ゴッホが尊敬していた印象派の先輩同志からもまるで相手にされていなかった。でも5人くらいのファンはいた。一番の大ファンはゴッホの弟で生涯にわたり文通をし、物質的支援をしてゴッホを支えたのさ。

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2007年2月22日 (木曜日)

NPO法人 ひきこもり支援団体 「さつまいも」

 NPO法人ひきこもり支援団体「さつまいも」、代表の勝山です。スモール・イズ・ビューティフル、人間の器が小さいことはいいことだをモットーに全国からとっておきの情けないひきこもり達がフリースペース洞窟に集合。お互いを「まだ若い」「これからだ」「未来がある」「なんでもできる」「頭がいい」と騙しあう活動を通じて、社会参加を目指します。あなたもいかがですか。

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2007年2月20日 (火曜日)

瀬戸内寂聴と断食

【瀬戸内寂聴と断食】メモ

 瀬戸内寂聴と断食に関する記憶があいまいになっている。断食とは食いしん坊が一時的にご飯を我慢することではないはずだ。大まかな流れ。1991年(平成三年)寂聴が湾岸戦争(イラク戦争)に反対し、即時停戦を訴え断食を開始。その直後米軍がクウェートに突入。断食開始から約一週間後、寂聴食べる。戦争の真っ只中空腹に耐えられず、断食を反故にし食べる。その二日後、米国ブッシュ大統領が停戦を発表。

 まぎらわしいことに寂聴は2001年(平成十三年)同時多発テロに抗議して三日間断食というお遊びのイベントをおこなっている、がここでは一切無視する。平成三年の伝説の断食についてのみ調べていきたい。ただ寂聴による隠蔽工作及び、巧妙な事実のすり替えがおこなわれており、当時の断食に関する資料がほとんど見つからない。寂聴本人の著作物の中でも三日間断食については嬉々と語っているのだが、湾岸戦争の断食についてはだんまりを決め込んでいる。いかがなものか。ちょっと調べてみた。

湾岸戦争 大まかな年表
1990/08/02 イラク軍クウェイト侵攻。
1991/01/17 湾岸戦争開始。
   /01/16 「砂漠の嵐作戦」国連と同盟国で開始。短期地上戦に続き六週間の空爆。
   /02/27 クウェート、解放される。
   /03/03 イラク休戦条件受け入れ。

一旦戦争中止、そして何となくイラク戦争と続く。

1998/12/16 「砂漠のきつね作戦」が開始される。
         イラクの核・化学・生物兵器計画を破壊するため米英軍は四日間空爆。
2001/09/11 米国で同時多発テロ事件。
2003/03/20 米軍未明にバグダードへ爆撃を開始。
         米英軍地上軍侵攻「衝撃と畏怖」作戦。
   /05/01 ブッシュ大統領。戦争終結宣言。
   /12/13 米軍、フセイン元大統領の身柄を拘束。

寂聴は新聞の記事にもなっている。ただし確認できたのはこれだけ。取り上げたのは主にテレビのワイドショーだったようだ。

朝日新聞1991年(平成3年)2月21日水曜日より 【寂聴さん反戦断食 5日目】
 京都・嵯峨野で庵(いおり)を結ぶ作家で尼僧の瀬戸内寂聴さん(六八)が湾岸戦争に反対して断食を続けている。二十一日で五日目に入った。
 瀬戸内さんは十七日の夕方から、お茶や薬湯以外、一切口にしていない。「出家者としては祈るしかない。なまはんかではだめ。極限状態まで心身を追い込まねば」と決意。最低七日間は続けたいという。
 寂聴さんは「話し合いで解決するのが文化というもの。お釈迦様も『殺スナカレ、殺サセルナカレ』と言っておられる。断食したからといってブッシュやフセインにその気持ちが伝わるわけでもないが、戦争放棄の憲法をもつ国の一人として、世界の孤児になっても訴え続けなければ」とはなしている。

寂聴の本から断食に関するものを探してみるが、見たかったのは以下の二つ。

瀬戸内寂聴全集第20巻 エッセイ 「やっぱり断食だ」より二箇所抜粋
 十年前は「殺スナカレ、殺サセルナカレ」と下手な字で書いた垂れ幕(紙製)をサンガの入り口にかけたが今度はもっとつつましくやろう。

 十年前は断食七日目に倒れ、病院へかつぎこまれたが、入院して二日目、停戦のニュースを病室で見た。今の大統領のパパ、ブッシュ氏が、あの渋い顔でそれをつげた。

瀬戸内寂聴全集第20巻 年譜より抜粋
一九九一年(平成三年)六十九歳 二月、湾岸戦争の犠牲者冥福と即時停戦を祈願、断食行。

 寂聴は新聞記事から17日から断食を開始したようだ。問題はいつ「食べた」かだ。おぼろげな記憶では一週間くらいだったと思うのだが、ここでエッセイを参考にしてみよう。断食七日目で倒れたある。つまり23日。入院して二日目に停戦ニュースを見たという。停戦ニュース?停戦はクウェイト解放の翌日28日である。計算が合わない。寂聴が嘘をついているのだ。改めなければいけない。 

【正しい寂聴断食年表】
1991/02/17 断食開始
   /02/23  断食失敗。入院。食事開始。
   /02/28  入院5日目。食事をしながらテレビで、
         停戦のニュースを見る。

2/17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28

 寂聴は断食に失敗し、食いしん坊の仏教徒として笑いものになった。それはそれでよし。むしろ人間らしいではないか。問題なのはこの失敗を誤魔化すために似たような間違いを意識的にやるというやり方で「誤謬の訂正」をおこなっていることだ。正直に誠実に失敗を認め反省することはしないで、約10年後に同時多発テロ(報復戦争)に抗議して三日間断食というお遊びをやることで辻褄合わせの誤魔化しをした。なんて不誠実で生臭い坊主なんだ。

 僕の独りぼっちのライフワーク【瀬戸内寂聴と断食】、まだまだ続きますよ。

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2007年2月18日 (日曜日)

煩わしい人間関係を最小限に抑える生き方

 煩わしい人間関係を最小限に抑える一番の方法は真面目(まじめ)だ。真面目が一番開放される。何事も一生懸命真面目に取り組んでいれば他人の嫌な干渉から逃げることができる。

 僕も普段の生活ではたいへん真面目人間です。どうして自分はこんなに真面目なんだろう、どうしてこんなに真面目なのに社会に入って行けないんだろう、と真面目疲れた頭で考えていましたが、やはり煩わしい人間関係を避ける手段として真面目くさっているだけ、もともとの性格ではない、うっとしさを避けるための処世術として知らず知らずのうちに身についた似非真面目なんだと気づきました。

 真面目はどこに行っても評判がよく、万能である。だからついつい真面目に頼りがちだ。ただ真面目人間は命懸けに疲れる。他にうまく煩わしい人間関係をさける方法があれば、ぜひ真面目を捨てて乗り換えたい。

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レンタルお兄さん

 レンタルお兄さんは価値がなさすぎる。死んだほうがましとはこの人たちのことだろう。

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2007年2月17日 (土曜日)

アル中とひきこもり

 後悔、不安、孤独はアル中の三大心理だそうです。ひきこもりにもしっくりと当てはまりますよね。

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2007年2月15日 (木曜日)

ひきこもりと会社

 聞いた話によると、会社というところではドロドロとした足の引っ張り合いがあり、学歴で差別され、妬まれたり嫌味を言われたりするらしい。ふへえ、すごい。想像もつかない世界だ。こういうひどいところも一度くらいは体験してみたいと思ったが、職業訓練に落ちたことを思い出し諦めた。なまくら刀とは、僕のこと。

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2007年2月14日 (水曜日)

誰にでも5人のファンがいる

 どんな才能のない人にも5人のファンがいる。世界に5人、スタンディングオベーションで絶賛してくれる人がいる。ブログが大流行だ。あんな個人の日記みたいの書いて何がしたいんだ、誰が見るんだと思うかもしれないが、どんなブログにも継続していけば必ず熱心な5人のファンがつく。お寒いブログを良く見てみるがいい、一見閑古鳥が鳴いているように見えて、コメント欄には頻繁に熱心な書き込みがあることに気づくはずだ。何をどう表現しても、どうやっても5人のファンがつく。だから自信を持っていい、それが7年前にホームページを作り、本気で全世界3千万人の読者に向けてエッセイを書いていた僕が言えるたった一つのアドバイスさ。

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2007年2月11日 (日曜日)

ハワイのホームレス

 日本のサラリーマンとハワイのホームレスどちらが豊かか。ハワイに行った時、ここでホームレスになれば勝ち、そんな気がした。

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2007年2月 9日 (金曜日)

当事者とは何か・ひきこもりカツラ編

 ハゲを隠すためにかぶるのがカツラである。人様に自慢できないあれやこれを隠すためにかぶるのが「ひきこもりカツラ」である。ニートカツラ、不登校カツラ、リストカッツラなど、人それぞれ申し訳ない面目ないと思うココロにそっとかぶせるひきこもりカツラ達。

 お金はないけど暇はあるからブックオフにでも行こう、でも毎日行くとひきこもりぶりがあらわになってしまうので週一回それも土曜日だけにしよう、そんな決心がひきこもりカツラなのだ。毎日、昼間にコンビニに行くとニートぶりがあらわになってしまうので夕方になってから行こう、そんな心構えがニートカツラなのだ。

 実は普段の生活の中で、僕は不登校カツラをかぶっていることを公表していない。臆病な自尊心が僕に当事者になる勇気を与えないのだ。中卒はない。かつては優等生で、学区内で一番偏差値の高い高校に入学したけど、まったく勉強についていけず落ちこぼれ留年か中退かの二者択一をせまられ、結局高校をやめたと、ああ皆にこう言えたらどんなに爽やかな気分になれるだろうか。中卒だけはないよな、そういう顔をしながら、そういう会話にあわせて生きている、不登校カツラの下は冷や汗脂汗で蒸れ蒸れだ。高校は卒業したけど大学には行ってない、そんなカツラ暮らし。

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2007年2月 8日 (木曜日)

当事者とは何か

 「ひきこもりカツラ」をかぶっていると公表した人のことを当事者という。ニートでも登校拒否でもなんでもよい、それらのカツラをかぶっていると公表した人を当事者と呼ぶ。

 何もいいことはないように思われるが、公表したあとの清々しさは何物にも変えがたい。疑惑や噂に怯える必要もない。世間のという名の強風に怯える必要もない。ひきこもりカツラはちょっと傾いているくらいがかっこいいのだ。ちなみにひきこもり名人ともなるとかつらもバッハ級である。むしろ誇らしい。Photo

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2007年2月 6日 (火曜日)

ひきこもりと結婚

 結婚は経済力である。結婚はお金である。貧乏人は結婚できない。ただ一度結婚してしまうと、これが逆になる。貧乏人は離婚できない。お金がないと離婚できない。離婚は経済力である。

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ひきこもりと恋愛

 男子に金玉がぶらさがっているのではない。金玉に男子がくっついているのである。間違えてはいけない、本体は金玉である。例えるなら金玉は携帯電話であり、男子はその携帯についているストラップである。

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2007年2月 3日 (土曜日)

レンタルお姉さんと自慢できない親戚

 僕がここで申し上げたいことは、誰にだって自慢できない親戚がいるということです。このことを皆が理解してくれればひきこもりだとかニートの問題は、問題ではなくなるはずです。

 レンタルお姉さん、レンタルお兄さんという人たちがいる。風俗嬢とホストではない。ひきこもりやニートの家に出張してくるのだ、「自慢できる親戚」として。大学に行っていて、スポーツの部活に入り、友人もたくさんいる、自慢の親戚の代わりとしてこのレンタルお姉さんお兄さんがやって来る。誰にでも自慢できない親戚はいるが、身近に自慢できるような親戚がいる人は稀である。だからこんなレンタル姉さんなんかが成り立つ。いかがなものかなんてレベルではない、やってはいかんの「い」、即法律で廃止してもらいたい。

 高い位置からものを見る、高い位置からものを聞く、高い位置からものを言う。そんな励ましをうけた時の悲しさよ。大学卒業して就職し結婚した親戚従兄弟たちが集まるお正月の苦しみを、レンタル兄さん姉さんたちはひきこもり邸に運んでくるのだ。針のむしろ。必要なのは同じ苦しみを持つ仲間であり、苦しみを忘れ高い位置からのものをいう立派な他人ではない。

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