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2007年1月20日 (土曜日)

ひきこもり、ニート、言葉の響きについて

 ひきこもりよりはニートと呼ばれるほうがいい、そう感じる人もいるのではないか。純粋に言葉の響きだけなら、ひきこもりよりはニートと呼ばれている人のほうが働けそうな気がする。ひきこもり、と聞くと「机の引き出しから出てこない人」が頭の中に浮かんでしまう。本人や周りの人がどんなにがんばっても、カンガルーの赤ちゃんのように机の引き出しからひょっこり顔を出すのが精一杯のだめな人、それがひきこもりという言葉の響きから思い浮かぶ姿だ。いかがなものか。

 ホームレスは以前、「浮浪者」であった。忘れてしまった人もいるかもしれない。なぜ浮浪者がホームレスに変わったのかは知らないが、言葉の印象は良くなったような気がする。同じ人間でもホームレスなら社会復帰できそうだが、浮浪者では一生河原で野宿しそうな感じがする、言葉の響きがだ。

 油断大敵。僕が申し上げたいのは油断するなかれということです。浮浪者がホームレスと呼ばれるようになって少しでも彼らの待遇が良くなったでしょうか、差別や偏見がなくなったでしょうか。ひきこもりがニートになったところで世の中に入っていけないことには変わりはなく、努力忍耐力の足りない甘えん坊という評価に変わりはないのです。明日もがんばりましょう。

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