2018年6月23日 (土曜日)

かやいいやはああはーーー

 「うふーふー」「うえいうえうー」「でいてえー、でいてえー」 これなーんだ? 正解は、朝から晩まで勝山家に響き渡る、寝たきり要介護5老婆ママンのおたけびでした。正解できなった人は幸せですよ。

 寝ている時とヘルパーさんが来ている時以外は、基本的にこのようなおたけびが家でこだましております。老婆ママンのおたけび自体は以前からあったんです。が、だんだんインフレ化が進んできて、今ではほぼ一日中、老婆が「おたけんでいる」しだいあります。

 なぜ、おたけびなのか。ひとつは、病状が進み舌が自由に動かせず話ができないから。そしてなにより、おたけびをあげると、介護をしている老爺がなんでも言うことを聞いてしまうからなのです。

 とはいうものの、老々介護には限度があります。なんでも言うことを聞くというわけにはいきません。今はできないよ、あとでね、と断る時も当然あるわけです。しかしそんな生ぬるい拒否が通用するわけもありません。寝たきり老婆ママンがおたけびをあげ続ければ、無理が通り、道理が引っ込む、最終的に寝たきり老婆ママンの命令に服従することになります。

 最近、介護の手伝いに妹も頻繁に来るようになりました。これも元をただせば、おたけびの力でございます。寝たきり老婆がおたけびを上げ続ける→困り果てた老爺が妹に電話する→妹が介護の手伝いに来る、といったまるで戦国時代ののろしのような、司令系統によって実現したことなのです。

 しかし妹も忙しいですから、いつでもこれるわけではありません。今日は無理、また別の日にね、と断ることも当然あります。でもその程度の生ぬるい拒否では、老婆ママンのおたけびに吹き飛ばされてしまいます。無理が通り、道理が引っ込む、来れないはずだった妹もちゃんと来るのです。

 老婆ママンの趣味はベランダ園芸で、いまもマリーゴールドの花がきれいに咲き誇っております。おやおや? 老婆ママンは寝たきりでじゃないか、園芸は出来ないのでは……。それが出来るのです。おたけびを上げれば良いのです。

 「ふうううううーーー」「はあああああーーーっ」「かいやいいやはああはーー」、寝たきり老婆ママンがおたけびをあげると、催眠術にかかったかのように、老爺はホームセンターに行き苗を買ってきます、それを妹が鉢に植え、うつくしいベランダガーデニングが完成するのです。

 老婆ママンの介護をせず、妖魔術から逃れている私ですが、ひとつ屋根の下で暮らしている以上、おたけびからは逃れることができません。絶えずBGMとして、老婆のおたけびが聞こえてきます。さすがの私も「このままでは精神が破壊されてしまう」と思うほど、追いつめられております。

 地獄とは死んだあとに堕ちるところと思っていましだか、どうもそうではないようです。「いまでしょ!」とドヤ顔で言ってやりたくなるような、そんな有り様なのでございます。

マリーゴールド

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2018年6月20日 (水曜日)

図書館ウォーキング

 健康のために1日1万歩、歩こうと決意したものの、ちっともできていません。梅雨で雨ばかりというのもありますが、それよりなにより、どこにも行くあてがない、歩く目的地がないというのが一番の理由です。

 それならばと、私が実践しているのが、図書館の本棚の間を歩きまわる、図書館ウォーキングです。けして広いとはいえない図書館の中を歩き回り、100歩、200歩と歩数を稼ぐ地味な運動です。読む、立つ、歩く、の繰り返し。家から図書館への往復と、図書館ウォーキングを合わせると、1日5000歩くらいにはなりますかな。

 いかがなものでしょう。なんだか、ひきこもり生活もどんづまってまいりましたが、一生懸命歩いておりますぞ。🐙エッヘン

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2018年6月15日 (金曜日)

原田メソッド隆史とクラスジャパン

 クラスジャパンについては前にもブログに書きました。その後、クラスジャパンはネットで話題になり、批判されたりもして、Webサイトから「日本全国の不登校者全員の教育に取り組み 通学していた学校に戻す」の文字が消えたりもしました。しかし頑なに変えず、守り通している部分もある。それが、

 クラスジャパン会長、原田隆史氏の提唱する原田メソッドなのです。ならば仕方がありません、図書館で先生の御著書を借りてまいりました。原田隆史『カリスマ体育教師の常勝教育』でございます。

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 原田隆史とは、「鬼軍曹だとかヒトラー、マッカーサーというあだ名までつ」いた、元・中学校の体育教師です。「誰からも愛される楽しい先生」になろうと教壇に立った原田氏は、「夢・理想・ガッツ」があればできないことはないと、自信満々に教師生活をスタートさせたのです。しかし現場は荒れており、大学で学んだ指導技術は役に立たず、挫折。指導方法を変えたという。

 その指導とは、もっぱら生徒を厳しくしつけるというものです(本人曰く、態度教育)。その指導内容ですが…、遅刻した生徒を全員正座させて、「体罰」呼ばわりされた経験があるせいでしょうか…、本の中ではどこまで厳しかったかは書かれていません。ただ鬼軍曹というあだ名から推測するしかありません。こんな雰囲気じゃなかったのかなー。

 ほめて伸ばすのではなく、叱って潰す、パワハラ教育。それ自体、珍しいものではなく、古くは戸塚ヨットスクール、最近では森友学園の塚本幼稚園など、子どもを叱って芸をさせるのが教育だと信じているサーカス団の団長のような人間が、どこにでもいるものです。

 原田隆史氏の場合、中学生に砲丸投げをやらして、陸上大会で優勝した、ゆえにカリスマ教師であり、生活指導の神様なのだという論法なのですが、ちょっと待ってください。優勝し、日本一になったのは、原田氏ではなく、生徒ではありませんか。原田氏は勝ってないし、カリスマでもない。

 でも、この脳内変換こそが原田メソッドなのです。生徒のがんばりを、全部自分の指導のおかげという具合にすり替えてしまうのです。手柄泥棒。卒業後の生徒の大学進学、社会での活躍までも(自分がまったく関わってないのにもかかわらず)、原田氏の指導の成果として自慢してしまうのです。原田氏がなんでこんな人間になってしまったか? その答えは想像通りのものでした。本のなかにこう書いてあります。

 「私は学生時代から陸上競技をやっていたのですが、選手としては大成しませんでした」、と。結局これなのです、成功にあこがれる成功できない人なのです。子どもの頃に日本一の選手なれなかった原田氏が、大人になって、中学生相手に、“ガキ大将“になっただけなのです。

 子ども相手に威張り散らす人には、なりたいのになれなかったというルーツがある、根拠はないけど、とりあえず言い切っておく。ちなみに原田氏は就職相談に来た生徒に、ブラック企業の王様、ワタミを薦めるというすごいことを、自慢気に本に書いております。原田氏の心の闇がほかにもいろいろと本に書かれているのですが、読むのが辛いので、このへんで失礼いたします。

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2018年6月11日 (月曜日)

ひきこもりと社会と世間

 社会も世間も、同じような意味で使われている言葉ですが、しいて言えば、社会のほうが広く、世間は狭い。

 ひきこもりについて語られるとき、それは社会の問題だということにはなっていますが、じつのところ世間という狭い範囲から抜け出ていない。ひきこもりに対し、今はいいけど将来はどうするんだ? なんていう脅しは社会的でも、社会学でもない。世間からのお叱りでしかありません。

 働きもせず、税金も納めていないくせに、権利ばかりと主張するな、というひきこもり叩きを最近目にしました。この手の批判にはまったく社会的視点はなく、狭い世間があるだけです。権利とは、労働と引き換えに手に入れるものではありません。税金で買うものでもありません。特定の条件を満たさないと権利が得られない、なんてことはないのです。

 世間とはなんなのか。それは家庭、学校、会社など、その人の住んでいる世界の当たり前に従って生きている人が入る、鍵のついてない檻のようなものだと思います。出ようと思えばいつでも出られる世間という檻のなかで、自分より弱い立場の人を見つけては、働け、税金納めろ、権利ばかり主張するなと、いって鬱憤晴らしを続ける人がいるのです。

 でも、だからなんだというのでしょうか。私たちは、当たり前に従って生きるなんていうことを、とっくの昔に捨て去った侏儒ではございませんか。世間様の言うことなんぞしったことではありません。好きなことを見つけて、好きなことをやる、どーんと行きましょう。

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2018年6月 4日 (月曜日)

電車で(2)

 「よしなよ」、と作業ズボンをはいた、いかにも建築現場で働いている、という風体の男性が、粘着女性と無実女子の間に仲裁に入ったのです。

 一件落着、と思いきやそうはなりませんでした。粘着女性がケケケケと笑いだし、「超ウケル」「なにいってるの?」「意味わかんない」といって、その男性の姿をスマホのカメラで撮影しだしたのです。電車内の空気が凍りつきました。

 この女は酔っ払いじゃない、精神が病んでいるんだ! と私はすぐに見抜きましたが、男性はただの酔っ払いとしか思っていないらしく、勝手に写真を取るのはやめろと冷静に注意をするのです。それに対し女性がいったのは、「口が臭えんだよ」でございました。そして、引き続きスマホで写真を撮り続けるのです。

 男性が怒り、「やめろ、ブス」と言い返したところで泥仕合に発展。口が臭い、ブス、と互いに罵り合っている、その時です、あさっての方向から、甲高い男性の声が響き渡りました。

 「それはよくない!」と。まったく関係ない第三の(サラリーマン風の)男は、こう主張するのです。口が臭いと言うのは事実だからしかたないが、女性に対してブスという言い方はよくないのではないかと。私は歪んだ正義感の真骨頂を見たような気がしました。

 もはや、正気の人間はこの車両にはいない。私はそう判断し駅に着くやいなや席を立ち、小走りでホームを移動、隣の車両へと逃げ込みました。これで一安心。でももしかして、あの車両にいた人が私のこの行動を見て、真犯人がそそくさと逃亡したぞ、と勘違いしたのでは……、そのことがちょっと気になっているのです。

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2018年6月 1日 (金曜日)

電車で(1)

 「足、踏んだでしょ」と、私の前に立っている女性が、私の右斜め前に立っている女子に対して言った、というよりはからんでいたのです。電車の中で、私が座っている眼の前で、そういう小競り合いが勃発していたのです。

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 酒に酔った女が、無実の女子に粘着しているだなと思い、私のなかの正義がむくむくと湧き上がりました。「やめたまえ」と、心の中でその女性に言いました。あくまでも心の中だけで現実には何にも言わずに、じっとしていたのです。

 下手になんか言うと、自分まで巻き込まれるんじゃないかと……だって女子が足を踏んでないとすれば、ではいったい誰が踏んだのか? あれ? こいつじゃないの? この黙って座っているおっさんじゃねえの! といった具合にすぐ目の前に座っているこの私が容疑者としてスポットライトがあたってしまうのではと、それを危惧していたのです。

 清廉潔白、無罪、ひきこもり聖者である私が犯人呼ばわりされてはたまらない、冤罪だ、冤罪でございます、そんな妄想にとりつかれながら、だんまりを決め込んでいたのでございます。

 そうしている間にも紛争は続き、「踏んだのに、なに黙ってんだよ」「踏んでません」「踏んだろ、とぼけんなよ」「踏んでません」といった具合に、粘着女と無実女子が言い争いを続けていたのです。その時……。(つづく)

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2018年5月28日 (月曜日)

マクドナルドのアイスコーヒー

 足の手術から3週間以上たちました。抜糸も終わり、風呂もはいれる、靴もはける、平日の昼間に近所をうろうろすることもできる、まずは治ったといっていいでしょう。最初7万8千円と言われていた治療費も、限度額適用制度を使うことで、最終的には5万9千円ですみました。よかった。

 気持ちも軽くなったので、通常モードです、いっちょ断捨離でもするかと、使わないバイクのオイルが捨てることにしました。歩いて30分くらいのことろにあるカー用品店に行き、廃油ポイ捨てBOXを429円で買う。けっこう大きなダンボール箱です、それをさらに大きいビニール袋にいれてもらって店を出ました。

 帰り道、このまま家に戻るのもさみしいので図書館に寄りました。いつもどおり本を読み、いつもどおり空想をする、二時間ほど堪能したのち私は帰路につきました。ああ、どっこいしょ、歩き疲れたわい、と部屋の畳のうえに腰をおろした瞬間、あああ、今日買ってきたもの袋ごと全部図書館に忘れてきてしまった、と気づいたのです。

 今日一日なにをしにいったのか分からない。がっかりしました。前にブログに書いたけれど、私がしょっちゅう図書館に忘れるものはスクーターです。ぴゅーっとスクーターで図書館に行き、スタスタ歩いて帰ってくるというのが、かつちゃんの忘れ物パターンなのです。

 翌日。図書館は月に一度の休館日でした。暗澹とした気持ちになりましたが、気持ちを切り替えて、第二の居場所であるファミリーレストランに向かいました。すると入り口のドアにはり紙がしてあるじゃないですか、「混雑時に食事以外のことをして長時間居すわるのはご遠慮いただきます」と。今からやろうとしていた、ドリンクバーで何時間もねばるという、ひとりフリースペースはやめてください、というお店から私へのお願いなのです。

 さすがにこれではと、場所を変えてマクドナルドに行きました。レジにいくと、そこにある下敷きくらいのメニューがあります。メニューには値段の高いセットは大きな文字で書いてあるけど、100円マックみたいな安いメニューは米粒のような小さい文字でしか書いてない、貧乏で目が悪い私にはよく見えないのです。私は当てずっぽうで「アイスコーヒーをください」といいました。するとサイズがSとMがあると言われたので、Mサイズを頼みました。

 客の回転率をあげるために、マクドナルドがわざと店内のイスやテーブルを居心地の悪くしていることは、みなさんもご存知のことと思います。硬いイスに、まな板のような細いテーブル。その狭い空間にちょこんと着席、まずはひとくち、冷たいアイスコーヒーをちゅーと飲んだのです。

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 「うん、マズい、もう一杯!」、おもわずそう声をあげたくなるほど、アイスコーヒーがまずいのです。私は違いの分からない男ですから、家ではインスタントコーヒーを飲んでいます。そんな私にとって、店で飲むレギュラーコーヒーはたいていおいしいものなのですが、これはマズい。

 マズい飲み物にも需要はあります。青汁もそうだし、ドクターペッパーなんていうのもそうです、いわばすき間産業として、マズい飲み物市場が存在しているのです。でもマクドナルドがその市場に参入していたとは知りませんでした。苦すっぱいアイスコーヒーをマズいと思いつつも、最後までちゅーと飲み干しましたぞ。

 翌々日。今度こそと、図書館に忘れ物を取りに行きました。見覚えのあるビニール袋に入ったポイ捨てBOXが、図書カウンターの後ろに保護されていました。私はそれを受け取り、お礼を言って、逃げるように家に帰ったのです。

 あんなデカイ袋を持って図書館に来て、あんなデカイ袋を置いて帰る、変なおじさんとして、図書館の人に認識されたのだなと思うと、しばらくはあの図書館には行きたくない。

 五月は暑くもなく、寒くもなく、草木も花も生き生きしていて、一年で一番いい季節です。吹く風も気持ちいい。私はスクーターに乗って、遠くの図書館まで行き、本を読んだり、空想したりして過ごしておりますよ。

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2018年5月24日 (木曜日)

葬と式に分ける

 寝たきり要介護5の老婆ママンが、そろそろアレなので、図書館で葬儀に関する本をよく読んでいます。葬式本は多々ありますが、素人に対するアドバイスという部分では共通している、どれも言わんとすることはこうです。

 葬式とは 身内が死んでおろおろしているすきに、葬儀屋と坊主が手を組んでおこなう詐欺である、言われるがままにしていると葬式代として130万~150万くらいぽーんと巻き上げられてしまうから、気をつけたまえ、ということなのです。

 しかし葬儀を、まったくやらないわけにはいかない。そこでプロが薦めるやり方というのが、葬と式との分離方式なのです。葬は家族でこじんまりとやり、式は友人たちが中心となってお別れ会(偲ぶ会)のようなものをやる。葬と式とに分ける、それが現代葬のかたちなのです。

 私が気に入ったのは、直葬(ちょくそう)というやつで、これは亡くなったら、そのまま火葬してお終いという、通夜も告別式もやらない、坊主も呼ばないミニマルな葬儀です。それじゃあ、寂しいし、周りが納得しないのではと思ってしまいますが、本人の意志だと言えばそれで通ります。葬儀は無用と言う人はけっこう多いのです。

 坊主なしの直葬なら予算は20万円くらいですむ。これはいい。葬式における坊主の生臭さはハンパでなく、坊主というオプションをつけると、料金はぐんと高くなってしまう。慈悲の人、ゴータマ・ブッダとはなんの関係のない、現代坊主の強欲には驚くばかりですのう。

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2018年5月20日 (日曜日)

人生を終わらせる方法

 35年ローンを組んで家を買えば人生は終わる。莫大な借金です。払う金の半分は利息です。ローンを払い続けるために会社は辞められない、残業も断れない、子どもの教育費はかかる、塾や習いごとにもお金がかかる、奴隷ですな。

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 まあでも35年ローンという途方もないものが組めるのは、正社員で収入があるからであって、我々のような底辺の貧乏人には関係がない。でも貧乏人にだって、これほどの爆発力はないものの、人生を終わらせる方法はある。

 その①、家に金を入れる。信じられないことですが、低賃金、保証なしの時給で働いている貧乏人で貯金もないくせに、親に脅されて、家賃&食費として家にお金をいれる愚か者がいるのです。こんなことをしていては貧しさに拍車がかかり、ゆるやかに人生が終わってしまう。

 正しい実家暮らしとは、家賃も食費も払わず、寄生してちゅーちゅー吸う暮らしのことです。それなのになぜ「家に金を入れろ」となんて言う、空気の読めない親がいるかというと、それは昭和世代の錯覚なのです。昭和の時代は、年老いた貧しい親と、稼いでいるサラリーマンの子どもというのが標準でした。親よりも子どものほうが金をもっているという世の中でしたから、子どもからの仕送りもあるし、家に金を入れるという習慣もあった。しかし今の時代、どう考えたって親の世代のほうが経済的に豊かです。親の方が金を持っている。だから家にお金をいれるのは、貧乏人が金持ちに施しをしてやるようなもので、間違った行為なのです。

 その②、親に借りた金を返す。信じられないことですが、低賃金、保証なしの時給で働いている貧乏人で貯金もないくせに、親に脅されて、親に借りたお金を返す人がおるのです。そんなものは返さなくてよろしい。無利息の親借金を返す余裕があるほど裕福な人がいるだろうか。返さなくても特に問題にならない相手の借金を返済する理由がない。まず自分の貧しすぎる生活をすこしでも豊かにする、そのうえで少しは貯金する、それでもなお十分お金が残るのであれば、少しくらい親借金を返してもいい、親借金は優先順位としては最下位です。

 仕送りのように、親にお金を渡すことは、かつては親孝行の証でした。けれども、今の時代にそれをやるのは、よほど親が恩着せがましい人格の悪い毒親で、その呪いにかかった子どもがついやってしまう哀れな行動でしかない。親にお金を払う貧乏人は、みんな悪い顔をしている、払いたくないのに嫌々払い続けているうちに人相が悪くなるのです。やめたほうがいい。

 お金は、ある人がない人にあげるもの、その真理を忘れてはいけない。

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2018年5月17日 (木曜日)

なかなかヤフオクで売れなくなってきた

 いらない物はヤフオクで売ればいいとずっと考えてきたし、たびたび出品もしてきた。でも、どうにも昨年末くらいから、何を出品してもちっとも売れないのです。

 ヤフオクが悪いのかとも思い、メルカリやアマゾンのマーケットプレイスにも出品してみたけど、最安値にもかかわらず売れない。

 なぜか。これは日本のゴミ屋敷業界の人たちがいっせいに断捨離をはじめ、ミニマリストを目指しはじめたからじゃないのか。かくいう私もミニマリストという強迫観念に追われて家にあるものを捨てすぎる人たちに憧れをいだいている。なんにもない部屋にごろんと寝そべるのはとても気持ちよさそうだ。

 駿河屋やブックオフのようなリサイクル店の買取りが渋くなったのも、売る人ばっかりで、買う人が少なくなったせいではないか。捨てたい、片づけたい、その第一歩は「ゴミを買う」のをやめることから始まる。

 ゴミバブルがはじけて、宝物だと思っていた本やCDが、1円の値もつかない時代がもうすぐやって来る、かもしれないという妄想に襲われながら、コツコツとヤフオクにゴミを出品しています。買うのは簡単だが、売るのは大変、なかなか売れないのです。

ヤフオク

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2018年5月 9日 (水曜日)

入院の思ひ出

 病院から電話があり、2泊3日の入院費用が確定しました、78,000円です。うわわわ、高い。限度額適用で5万7千円だろうと思っていた自分が甘かった。なんか納得できないけど、しかたないのかなー。病院で聞いてみよー。🐔

Money

 入院メモリー。

 その①、病室。自分が入院したのは6人部屋。6人のうち、3人が、うるさいパワハラオヤジ患者だった。オヤジたちは大声で、看護師の悪口を言いまくる、こいつらキチガイか? と思うくらいの看護師に対して、威張り散らすオヤジが3人もいるんだぞ。真のキチガイは私だけのはずなのに……そんな本物をよせつけないオヤジたち、朝から病室でしゃべりまくる、携帯電話をつかいまくる、ヘッドフォンを使わずタブレットで孫とずっとスカスイプする、というありえない無法地帯だったのです。

 クソジジイはナースコールを連打して、看護師を呼びつけては「来るのが遅い」と文句を言う。それを見て、歪んだ正義感の持ち主の私は、オヤジたち全員に「切腹して今すぐここで死ね!」と怒鳴りつけてやろうと思いましたが、何しろ手術をひかえた病人です、手術に対して誰よりもびびっている精神病人でもあります、明日は我が身だと思えば、振り上げた正義の拳を、人にさとられないようにそっとおろすことしかできません。それに患者同士がいがみ合えば、看護師も困るばかりですからね。

 今は婦長といわず、師長というようです(看護師の師)、なんでそれを知ったかと言うと、となりのパワハラオヤジが師長に説教をしていたからです。パワハラオヤジたちは実に看護師の名前をよく覚えている、それはなぜかというと、あとで実名をあげて師長に文句をいうためなのです。ジジイの執念深さにドン引きした。

 たった2泊3日の入院でも精神的に相当まいってしまったよ。病気の手術だけでもストレスですが、大部屋の場合、他の患者から受けるストレスも大きかった。個室の病室に入りたがる人の気持がよくわかる。短期だから我慢できたんだ、長期だったら、こんなきちがいオヤジたちと同じ病室ではとても持たない。🐙
 
 
 その②、点滴。生まれて初めて点滴というものをした。腕にプスッと針をさして、ぽたりぽたりとなにやら薬のようなものをチューブを通して注入する。ずっと腕に針は刺さったまま。矢ガモを思い出したね。注射ですらつらいのに、点滴にいたっては刺さりっぱなしですから。腕に刺さった針を見ては怖くてつらくて、自害して果てたいと、何度も思いました。点滴している間、ずっーーーーっと雑誌を読んでいたよ。

Yagamo

 文芸誌の読者のほとんどは入院患者だ、という話を聞いたことがある、さもありなんと今回実感した。点滴で、体にずっと針が刺さっているというのは気分のいいものではない。気持ちをそらすため何かに集中するしかない。病院の売店で手に入るもので、気をそらすアイテムとなると、必然雑誌となる。点滴の間中、普段なら絶対読まないような、どうでもいい雑誌の文章を、すみからすみまで読みまくることになる。🐤
 
 
 その③、全身麻酔。すごかった。あっという間さ。体感時間にして1分。「体がふわっとしてきますから」と麻酔科医に言われ、はいと答え、次に「勝山さん」と名前を呼ばれたときにはもう手術は終わっていた。信じられない。こんなことがあるのか、何も感じない、痛みも、恐怖も、時間も、何も感じない、ふわっとした感じがして、それでぜんぶお終い。全身麻酔は怖くない、点滴が怖い、針が刺さりっぱなしなんだから怖くてたまらん。🐧

 以上、こんなところかな。むんむん。

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2018年5月 6日 (日曜日)

退院しました

 5/1に入院、5/2に手術、5/3に退院しました。右足の甲の部分にできた良性の腫瘍を取り除く手術をしました、成功したぞ、もう治った。けれどもすぐに走ったり、ジャンプしたりできるようになるわけではない、当分びっこです。右足はかかとで歩く感じで、体重をかけないように、手術した傷口を気にしつつ、恐る恐る、部屋の中を歩いています。

 右足は腫れてるのか、むくんでいるのかよくわからないが、なんか膨らんでいる。自分の足を見るたびに、「ああ、怖い、怖い」と怯えています(みると怖いから毛糸の靴下をずっとはいている)。ゴールデンウイーク中は安静にしていましょうと医師にと言われたので、部屋の中でいつも以上にひきこもっております。ただ、どういうわけかいつものように本を読んだり、ブログを書いたりすることができない。手術した足のむくみ状態がばかり気になって、そわそわして何も手につかないのです。

 暇である。耐えかねて、Gorogoaという謎解きパズルゲームを1520円だして買いましたが、現実逃避の暇パワーを発揮して、2日でクリアしてしまったぞ。また暇になってしまった。今は、水をごくごく飲む、トイレに行く、これのループ、人間循環器くらいしかやることがありません。

Gorogoa

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2018年4月29日 (日曜日)

脱ゴミ屋敷(4) 駿河屋と貫通キズと買取不可

 ゴミを捨てるのもなかなか一苦労である、だって売ればお金になるんだもん。ということで、またダンボール1箱分、駿河屋に売りました。

Title

 駿河屋にはあんしん買取システムというのがあるので、発送する前にだいたい買取値段が分かっている、あとは状態がよくないと少し減額される程度…だったんだけど、今回の駿河屋は辛味がきいてた。

 まず買取価格3600円だったボードゲームがパーツの不備、箱、袋の破れを理由に、-2900円の減額で、「買取価格700円」になっちゃった。このでかいボードゲームをいれるためにでかいダンボールをホームセンターで購入したのもむくわれなかった。しかし私はこの条件を飲んだ。甥っ子が大きくなった今、やらないボードゲームは処分するしかない。

 そしてCD。「ディスクのデータ面に貫通キズが見られる」という理由で5枚が買取不可となった。こんなことも初めてだった。買取不可品には、ふたつの選択肢しかない。

→処分してもらう
→着払いで返送してもらう(送料は自分持ちでな )

 進むも地獄、戻るも地獄。しかし買取不可のCDの中には、もともと高価買取品だったものが含まれていたので処分するのはもったいないのと、「貫通キズ」ってなんだよ? どんなキズが確かめてみたいと思ったので返送を選んだ。-850円もかかったぞ。

 で、本23冊、CD22枚、ゲーム6個、計51点。今回は査定金額はというと、

 合計     18710円
 手数料    -412円
 返送料     -850円

 差引合計    17448円となります。

 ここには含まれていないボードゲーム2900円分減額を考慮すると、なにか駿河屋の買い取りにきなくささを感じる。なにか急に査定が怪しくなった。

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 買い取りまで時間が掛かるが、査定額がいいので、全国のひきこもりゴミ屋敷男子に駿河屋をお薦めしてきたのだが、こうも納得のできない減額や買取不可、高い返送料の負担を考えると、駿河屋に売ることがお得とは限らないだろう。

 ちなみに買取不可で返送してもらったCDを盤面を見たが、中古のキズとしてはそれほどひどいものとは思えなかった。これくらいのキズの中古CDは普通に売っているよなってレベル。

 以上、リサイクルショップ駿河屋への愚痴でしたが、でもブックオフに売ればもっと買い叩かれるので、しかたいない。厳しい査定に、みんなで泣き寝入りしましょう。🐙

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2018年4月23日 (月曜日)

悪口の深層

 自分が言われたくないことを、相手にぶつけるのが悪口なんだと、ネットに書いてあった。(どこになんて書いてあったかは忘れてしまったけど)確かにそうだなと思う。

 自分が言われたら傷ついて、落ち込むようなことだからこそ、相手も当然ダメージを受けると信じて、そこを狙いうちにして口撃する。

 そう、だから悪口は深層心理でその人の劣等感とか弱点と結びついている。たいていの悪口が「お前もな」の一言であっさり返されてしまうのもそのせいだ。

 そう考えると、(自分が気にしていることが相手にばれてしまうと考えると)、うかつに悪口も言えないよなーっ、思ったけれども、でもやっぱ言っちゃうんだけどね。

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2018年4月18日 (水曜日)

入院します

 入院しますと言っても、山奥にある、すべての窓が鉄格子つきの閉鎖病棟で、「俺をここから出せ!」と叫びながら残りの人生を過ごすという訳ではありません。

 2泊3日、整形外科手術のために入院です。右足の甲の部分に、ぽこーんとこぶのようなものができ、BPOPという腫瘍なのですが、それをまあ取り除いたほうがよかろうということで手術することになりました。

 5/1入院、5/2手術、5/3退院。急遽、すべの予定をキャンセルして、ゴールデンウィークに入院でございます。つらい。

 悪意をもつ誰かが、私に黒魔術の呪いをかけたに違いありません。油断した。でも命にかかわるものでもなく、普通の人にとっては大した手術ではありません。

 そう普通の人にとっては、です。私のように床屋や歯医者に行くのも精神的につらい、ひきこもりパニック障害の弱者にとって、病院の手術室で、肉を切られ、血を流しながら、じっと手術を受けるというのは、想像するだに意識が遠のくほどの怖ろしいことです。

 グーグルで検索してもあんまり出てこないような変な病気になって入院するなんて、運が悪すぎる…、今からびびりまくって、めそめそしております。運気がさがってきたな。

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2018年4月13日 (金曜日)

ヘルパーが来ると、こそこそ隠れる生活

 アンネの日記みたいな生活を送っています。

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 つまりはこうだ、勝山家には要介護5の老婆ママンがいるので、毎日、なにかしらヘルパーだったり、医者だったり、ケアワーカーだったりといった人が、家に訪問介護にやって来る。

 ぴんぽーん、と家のチャイムがなる。すると、台所で遅めの朝食(ひとりブランチ)をとっていた、ひきこもりおじさんは、慌てて皿とコップをもって、席をたち、すたたと自分の部屋へ、6畳間へ避難するのです。

 じっと耳をすますながら、部屋で過ごす。おっ、ヘルパーが来たな。まだいるな、まだいるな、おやっドアの音がした、帰ったかな、うん声がしない、帰ったぞ、よしと部屋の出てきて、台所で食事をしたり、洗濯をしたりと、家の中をうろつきます。

 別にヘルパーから身を隠す必要はないのだけれど、なんとなく老婆ママンと関わりたくなかったり、無職ぶりをさらしたくないなんて思っていたら、ヘルパーから逃げ回るという妙な生活習慣が身についてしまいました。

 ヘルパーの人にどう思われているんだろうか、サイコパス認定されてるだろうか。堂々と「おはようございます!」って大声でヘルパーさんに挨拶してみたいと思いつつ、今日も自分の部屋へと逃げ込みます。明日も明後日も、ヘルパーさんが来れば自分の部屋に逃げ込むのです、条件反射ですな。🐙

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2018年4月 8日 (日曜日)

ひきこもり進路相談(X)  全日制普通高校編

 進路相談のプロ、キャリア教育の頂点にいるひきこもりおじさんです。正しい進路相談については、すでにブログに書いておりますが、ひきこもり進路相談(1)(2) 、今回は中3の受験生が、全日制の普通高校を目指すならこれだという、正解を書いておきましょう。

 近所の偏差値の低い高校に行きたまえ。小学校、中学校は家の近くの学校に行くが当たり前だが、高校となるとわざわざバス、電車を乗り継いで遠くまで通う人がいる、私もそうだったのですが、あれは無駄であった。毎日、毎日、通学時間という無駄な時間を積み重ね、心の中では「どこでもドアがあればいいのに」と小学生みたいなことを空想して過ごしていては、ろくな大人にならない。高校は家から近ければ近いほどいい。

 それとどんなに勉強ができても、偏差値が低い学校を選んでおいたほうがいい、入学したあと、楽ができるからだ。君たちは知らないし、信じられないと思うが、高校の勉強って予習が必要なんだぞ。そして復習が必要なんだぞ。信じられるか、学校の勉強だけでもだるいのに、その前と後に勉強しないとついていけないんだ。

 記憶力というたったひとつのパラメーターをあげる特殊訓練につきあうのも面倒くさい。そこであらかじめ偏差値の低い学校に進学しておけば、試験の平均点も低いし、授業の進むスピードも遅く、勉強せずに進級できる確率が高まる。高校なんて卒業さえできればいいんだ。なんにもしないでギリギリの成績での卒業を目指そう、やりたくもないことはなるべくやらず、自由なハイスクールライフがおくるのが賢い。

 近い、低い。全日制の高校に行きたい人には、この2つがキーワード。これで君も勝ち組だ。

Juken

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2018年4月 4日 (水曜日)

短距離ランナー

 「気分が乗った時に5分間だけ集中する男」、それが私、ひきこもり名人なのです。やるべき作業とか、ブログの更新とかは、夜になって訪れるわずかなゴールデンタイムに、ちょろちょろとやって、すぐお終いになります。

 集中力が途切れやすい、気が散りやすい、そんな言葉が生ぬるくかんじるほどの、集中力の短距離ランナーなのです。

 1日5分集中してひと作業したあとは、ぶらぶらして過ごします。さらに言えば集中する前もぶらぶらしております。1日ぶらぶらすることで、5分間の集中力を創り出していると言えます。劣化した充電バッテリーのようですね。

 このわずかな集中力を、創造力に変えるのが、ひきこもりクリエイターの仕事なのです。短距離ランナーであることを自覚して、ちょっぴりずつ建設的なことを積み重ねていく、それしかない。……ああ、もう飽きてきちゃったから、今日はここまでとさせていただきます。🐙

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2018年3月31日 (土曜日)

〆切り

 田山花袋が本の中で、〆切りに合わせてつまらないものを書き、つまらないものを発表して、つまらない人と思われるのはつらい、というようなことを書いていた。
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 まったくその通りだ。たかがブログであっても、つまらないと思われるのはつらいから、時間がかかっても、少しでも面白いものを書きたいと思う。思うがゆえに、ついつい更新が滞ってしまう。

 田山花袋は小説家だから、雑誌の〆切というものがあり、最終的にはそれに合わせて、書くわけです。

 でもブログには〆切がない。ただ更新がない、状態になるだけ。そして久しぶりに、苦労して書いた記事というのは、意外とぱっとしないものだったりする、つらい。

 やはり週に1回は空想〆切りというのを自分の中につくって、こまめに更新していったほうがいい。しょせんブログである。つまらないと思われることに怯えるより、書くことそのものに喜び感じて、満足するのがいちばんだ。自己満足で勝ち組だぞ。🐙

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2018年3月23日 (金曜日)

クーデター失敗

 老婆ママン(推定74歳)が要介護5の完全寝たきりになってだいぶたつ。私は老婆マンとは、ハブとマングース以上に仲が悪いので、介護はしないと宣言をしており、実際になにもしていません。年老いた老爺ダディがひとりでママンの介護をしているのです。

 世間での介護がどういうものか知らないのですが、勝山家では、ママンが介護するダディーに向かい「バカ野郎」「冷酷人間」「尊厳(を傷つけるな)」と叱咤罵倒する、地獄となっております。歴史の授業で習った、白人と黒人奴隷の関係って、きっとこんな感じだったじゃないかなー。

 さて、ある日のこと、ダディーからママンの病名が判明したと聞かされました。難病、大脳皮質基底核変性症だったのです。ちょっと病気の度合いがひどいと思ってはいましたが、実は困っている人級の難病サバイバーだったとは。

 少し驚くとともに、難病が発覚した「今」こそ、胸に秘めていた介護奴隷ダディー開放計画を実行するときであると思いました、ひきこもりリンカーンが立ち上がる時は今しかない、私はダディーに言いました、

 「特養老人ホームにいれよう」と。老婆の世話は無理でも、老人ホームとのやりとりくらいは、ひきこもり親孝行息子の私でもやれる、最後にして最大の親孝行計画をダディーに提案したのです。すると…、

 「あっはっはっはっはっ」
 と、ダディーの高笑い。そして、話は終了。笑いごととして話がおしまいになってしまいました。あまりの反応に呆然としていると、地獄の鼎から、地の底に落ちたカンダタの声ともおぼしき、うなり声が介護ベットから聞こえてくるのです。寝たきり老婆ママンです。

 「うごお、ふごう!」
 何度も何度も、この言葉を繰り返します。もう病状が進み、何を話しているか聞き取れない、何を言っているか分からない。しかし、執念深く何度もいうので、じきに言葉の意味がわかりました。
 「うごお、ふごう!(親不孝!)」
 と言っていたのです。

 ママンの地獄耳に、いささかの衰えもなし。すべて聞いていたぞ、親不孝め。老人ホームなんぞに行くもんかい、と憤慨し、人殺しみたいな顔でベッドに横たわっていました。

 いったい何が親不孝者なのか、おおいに不本意でありましたが、ダディーによって一笑にふされてしまった以上、なすすべがありません。こうして、老婆ママンを老人ホームにいれる計画は失敗に終わったのであります。

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